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第1話
中2の夏、俺は童貞を失った。相手はサッカー部の先輩の彼女、年上女子高生ギャルの円香さん。東中のサッカー部は、素行の悪い不良連中が多くて有名で、本格的にサッカーやりたい奴は、外部のサッカークラブに入っていたから、部活というより同好会のようなノリだった。そこでたまたま、東中をしめている凌先輩と仲良くなったのだが、名誉のために言っておくと、彼女を誘ったのは決して俺からではない。
凌くんのことで相談があると、突然円香さんの家に呼び出され、どういう訳だかそんな雰囲気になり、流されるまま、気づけば俺は、先輩の彼女と関係を持ってしまっていたのだ。全てを終えた後、円香さんは俺に擦り寄り上目遣いで言った。
『ねえ晴翔君、私、晴翔君の彼女になってあげてもいいよ』
『あ、いいです。俺、好きな子いるんで』
『え?」
『ていうか、円香さんのおかげで気づきました!俺、やっぱりあいつのことそういう意味で好きだったんだって」
『は?』
『じゃあそういう訳で!円香さんも凌君と仲直りしてくださいね!』
ヤンキーの世界では、童貞を捨てるのが早ければ早いほどなぜか尊敬される。だけど俺の場合、相手があまりにも悪かった。不可抗力とはいえ、先輩の彼女と寝てただで済む訳もなく、俺は凌先輩にタイマン勝負を挑まれ、それにたまたま勝ったことから、東中の新しい頭扱いされるようになった。
その上、神谷晴翔は中2にして年上のギャルとやりまくっているやりチン野郎だという噂が実しやかに流されてしまったのだ。
「だからさ、俺全然悪くなくね?」
「いや、悪いだろ」
「どこが?!」
「全てが」
「え?なんで?」
「わかんねえところが終わってるし」
サッカー部のユニフォームから、学ランに着替え終えた朱音が、鞄を持ちながら呆れた顔で俺を見る。
今日は、時々思い出したように現れる、見た目だけは熱血なサッカー部顧問の体育教師、高橋が来ていたので、いつもよりいくらか部活らしく練習した。と言っても、十一月の期末テストが終わり、本格的な冬が到来するこの時期でも、6時まではしっかりやっていく部活が多い中、うちのサッカー部は5時半には練習が終了し、着替えを終えた生徒達がダラダラと帰っていく。
不良だらけのくせに、顧問が来る日は一応練習していくのだから、ある意味皆、根は素直なのかもしれない。俺らの上の代までは、ガラスを割ったり、万引きしたりと、かなり荒れていたようだが、俺が頭扱いされるようになってからは、校則破りや他校とケンカすることがあっても、犯罪まがいな事は極力抑えている。理由は母に、もし警察にお世話になるようなことがあったらおまえ殺して私も死ぬから!と、超重い女みたいな事を宣言されているからだったりするのだが、マザコンだと思われたくないので不良仲間には内緒だ。
「てゆうかさ、お前好きな子いたんだな」
「え?」
「今夜ゆっくり聞かせろよ」
「お、おう!」
お前だよお前!と心の中で叫びつつ、二人で話している間、朱音が着替えている姿をじっくり堪能できた俺は上機嫌だった。同じ男であるはずなのに、朱音の身体つきは俺と全然違う。綺麗な背中から腰にかけてのなだらかな曲線と、キュッと持ち上がった尻を、トランクスごしとはいえじっくり見れて大満足だ。
しかも今日は金曜日。トラックの運転手をしている母親が、長距離の配送で明日の朝までいないのをいいことに、朱音をお泊まりに誘うことに成功している。
(こういう時、片思いの相手が男だとラッキーだよな。相手女だったら絶対警戒されるだろうし。ああ、早く朱音と恋人同士になって、脱がしたり触ったり色々してえなあ)
不埒な事を考えながら、俺は少し前を歩く朱音を見つめる。
真っ白な肌に映える金髪と、耳に光る紅いピアス。ピアスは、突然グレ始めた朱音に、一思いにやってくれと頼まれ、俺が選んで開けてやった。消毒してピアッサーで開ける時、ちょっと怖いと言いながら、俺の服を掴んできた朱音の姿を思い出すと、ついつい股間が反応してしまいそうになる。
(やべえやべえ)
二人で過ごせる夜にはやる気持ちと体の昂ぶりをなんとか抑え部室から出ると、俺らより先に出ていた松井達が、顧問の高橋と、何やら話していた。
「全くおまえらは、少しは真面目にやれよ、おまえらのせいで今年一年一人も入らなかったんだぞ」
「マジ?それ俺らのせい?」
「高橋の努力が足りないんじゃね?」
ああ言えばこう言う生徒達にため息をつきながらも、高橋はそれ以上強くは言わない。話がわかるとか、そういうことではなく、校則をろくに守れない不良に、無駄なエネルギーを使いたくはないのだろう。
「おう、遅かったじゃん、晴翔と一ノ瀬は今日ゲーセン寄ってく?」
「ああ、俺ら今日はパス」
俺たちに気づいた松井が声をかけてきたが、もちろん即座に断る。
「あっそ。お疲れさん」
「おう」
とにかく早く帰って朱音と二人きりになりたい俺は、うっすと、高橋にも適当に頭を下げてとっととその場を去ろうとする。
「先生さようなら」
しかし、見た目は校則破りの完全なるヤンキーのくせに、めちゃくちゃきちんと挨拶する朱音に、俺はずっこけそうになった。
「おう、気をつけてな。ところで一ノ瀬は髪だけでも元に戻す気ないのか」
案の定、高橋はそんな朱音に破顔し気安く声をかけてくる。
「先生違います。朝起きたら突然この色になってたんです。俺ちょっと外人の血も入ってるから」
「本当かよ」
「似合いますか?」
上目遣いの笑顔で尋ねる朱音に、高橋が言葉を詰まらせる。心持ち顔が赤くなっているこいつは、すぐに俺の要注意人物リストに加えられた。
朱音は自分に好意を持っている人間に対しての扱いが男女問わず上手い。それでいて相手の好意に気づいているわけでもないのだから、本当にタチが悪いと思う。朱音のそんな性質のせいか、校内では、朱音は本当は素直ないい子なのに、俺が不良の道へ引きずり込んだと、もっぱらの噂になっている。
「早く行こうぜ」
高橋を一睨みして、俺は朱音の手を掴み、強引に引っ張る。
「痛いって晴翔!離せバカ」
怒る朱音を無視して手を握ったまま歩いていくと、今度は陸上部の長距離練習を終えた優樹と鉢合わせになった。早く二人きりになりたいのに、なぜこういう時に限って次々と障害物が現れるのか?優樹は朱音と同じく、幼稚園からの幼馴染だが、今の俺にとって、一番厄介な存在なのだ。
「朱音!晴翔!これから帰るとこ?」
優樹が声をかけてきた途端、朱音が俺の手を強く振り払い、俺は小さく舌打ちする。
「おう、優樹相変わらず頑張ってるじゃん」
朱音が優樹に向ける目線。可愛くてたまらないというように目を細め優樹を見つめるその笑顔には、明らかにただの友情を超えた好意が混ざっている。
(あーくそ!マジで見たくない)
自分が朱音をそういう目で見ているからこそ、俺は朱音の優樹に対する特別な感情に気づいてしまった。しかもこの二人の場合最悪なのは、両片思いなところだ。小さな頃から好きな物や人が必ずと言っていいほど被っていた俺と優樹は、幼稚園の頃、親の趣味で女装させられていた朱音に一目惚れした。
朱音が男とわかってからは、ダチとして3人仲良くしてきたが、俺は、優樹が、こんなちびっこの小動物みたいな見た目のくせに、時折雄の目で朱音を見ていることを知っている。朱音は全く気付いていないようだが、もしお互い両思いであることに気づいてしまったらと思うと、嫌すぎて身震いする。
「これから春翔の家行くんだけど、お前も部活終わったら来る?」
(え?)
朱音の言葉に俺は目をむいた。今日は親がいなくて二人きりになれるからこそ、お泊まりに誘って本気の告白をするつもりたっだのに、優樹に来られたら全ての計画はおじゃんになる。
「なあ晴翔、いいだろ?」
全然良くねえよ!と言ってやりたかったが、ここで俺が嫌がって二人に不審がられるのは避けたい。
(俺が朱音を本気で狙ってるってわかったら、優樹の奴絶対邪魔してくるからな)
皆には単純なバカと思われているが、俺だってちゃんと色々考えて行動しているのだ。
「ああ、お前も暇なら来いよ」
(来るな来るな!断れ断れ!)
心の中で念力を送りながらも、俺はなるべく自然に優樹を誘う。
「あー、すげー行きたいんだけど俺実は期末テスト散々でお袋に塾入れられちゃったんだよね。今日その初日で部活終わったら行かなきゃいけなくて」
「そっかあ…」
(よっしゃあ!)
残念そうな二人の横で、何食わぬ顔をしながらも、俺は心の中でガッツポーズする。
「でも毎日ではないから、火、木は空いてるからまた誘ってよ」
「わかった。じゃあまたな」
グラウンドに戻っていく優樹の後ろ姿を、朱音が寂しげに見送る。
(クッソ!なんで俺じゃなくて優樹なんだよ!)
「行こうぜ」
忌々しく思う気持ちを隠し朱音を促すと、朱音はおうと返事をして、俺の隣に並んだ。
「お袋いないから、コンビニで夕飯買ってこうぜ」
「うん、でもなんかこういうの久しぶりでワクワクするな!」
屈託のない笑顔でそう言ってくる朱音に、俺は蕩けそうになる。
ミステリアスな光を湛えたくっきりとした切れ長のアーモンドアイ。スッとした鼻筋に、薄紅色のあひる口。パッと見きつめの美人顔だが、笑うと破壊的に可愛いのだから堪らない。こんな奴と幼稚園で出会ってしまったら、そんじょそこらの美人じゃ物足りなくなくなってしまうのは仕方ないと思う。
童貞を奪われたのをきっかけに、やっぱり俺は顔が好みというだけじゃなく、恋愛感情で朱音が好きなのだと気付いたが、気付いたからには付き合いたいと思うのは男として当然だろう。優樹や朱音みたいに、好きなくせに何もせず見ているだけなんて趣味じゃない。二人が両片思いであることに気づいていない今のうちに、俺は朱音に告白して振り向かせたかった。
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