エピソード2

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エピソード2

 学校に着くと、クラスメイトは、胸のあたりに桜のブローチをつけていた。  私と勇也もそれを真似て、机の上に配られてあったブローチをつける。なんてことないブローチなのに卒業生であることを強く実感させられ、戸惑いを隠しきれない。と、そこへ、担任の先生が教室に入ってきて、廊下に並ぶように声をかけた。  いよいよだ。卒業式が始まる。  私にとって過ぎ去ってほしくないこの式は、流れるように順調に進む。 「えー、君たちは、今日を境に大人になる。えー、これはつまり…」  気づけば、校長の式辞が始まっていた。  ふうっと息をつき、なんとなく体育館の窓から外の風景に目を向ける。と、ちょうど校庭に生えている桜が目に入る。  どっしりとした幹とは正反対に、薄ピンクの花びらは散っていく。もう二度と咲き誇ることはないと知りながら。 「…今日をもって、君たちへの義務教育が終わる。これは、君たちが立派な大人になったことを意味するのであるから…」  あー、うっさい。  桜の幹のようなこげ茶色の背広を着た校長をジトっとにらみつける。体育館に響き渡る校長の声は、(いや)が応でも私の耳に響き渡る。その校長の後ろに掲げられている白と赤で構成された旗も、私は大嫌いだ。 「…そして、えー、御国(おくに)のために、この学び舎で学んだことを、惜しみなく発揮してほしい。我らが愛しの国、日本。この故郷を守るため、君たちの力を見せつける時が来たのだ。」  私は、目をつむって違うことを考えようとした。 「幹は、自分は陽の目を見ずとも、花を精一杯咲かすため、雄大にそこにそびえている。だから、桜は全体で美しいのだ」…、国語の授業でそんなことを習ったのを思い出す。  それなのに、今、私たちの周りにいる桜の幹たちは、いたずらに花を散らせている。まだまだ咲くことができる桜の花たちは、幹の都合でいとも簡単に散っていく。 「……………卒業生のこれからの健闘を祈念して、式辞とさせて頂きます。」  散っていった後の桜の花は、泥で汚れた足で踏みつけられるだけだ。 「続きまして、成績優秀者の発表に移ります。 ………………………………林 奈那子、…………、以上です。  この者たちは、徴兵制の対象とはなっておらず、東京の高校に進学することが決まっています。更なる勉学に励むことにより、いずれは日本国に多大な貢献をもたらしてくれることでしょう。  皆さん。彼ら、彼女らの成功を願って、今一度、大きな拍手をお願いします。」  拍手の中、立ち上がった私は一礼をする。顔を上げた先に後ろを振り返っていた勇也の嬉しそうな笑顔が目に入った。  私だけ咲き続けても意味がないのに…。  こみ上げてくる涙を抑えるのに必死なうちに、式は幕を閉じてしまった。
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