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エピソード4
コツコツ……。無言の私たちの代わりに革靴とコンクリートが会話する。
話したいことはたくさんある。でも、一つでも口に出せば、とめどなく溢れてしまいそうで、勇也の目を見ることすらできない。その時、突然勇也が口を開く。
「明日さ、俺らの決起式あるじゃん?」
中学を卒業したばかりの男子たちを集め、兵士として向かい入れる式、それが決起式だ。
「うん……。」
「来てくれないか?」
「うん…、行く。」
もう当たりはすっかり暗くなっていて、少し肌寒くなってきたことに気づく。勇也に気づかれないようにそっと近づくと、懐かしい匂いが私を包んだ。
「卒業式、終わっちゃったね。」
「ああ……。こうやって話せるのは、今日で最後かもしれないな。」
「最後」という言葉が胸を打つ。また、革靴とコンクリートが会話を始める。
「楽しかったな、中学生活。」
勇也が嬉しそうにその会話に入る。びっくりするほど純粋な笑みにもどかしくなる。
「うん、楽しかった。」
「運動会とか合唱コンクール、修学旅行も楽しかったけどさ、それ以外のなんてことない日ばっか思い出すんだよな。」
「確かにそうね。」
「授業中、よくうるさいって注意されたよな。」
「それは勇也だけよ。」
「移動教室の時もたくさん話したな。」
「ええ、半分くらい勇也が忘れ物したって話だったと思うけど。」
「休み時間は、めっちゃ笑ってたな。」
「勇也が一人で大笑いしてただけ。」
少し沈黙して、勇也が口を開く。
「え、楽しかったのってもしかして俺だけ?」
本当に不安そうな顔をする勇也にたまらず笑みがこぼれる。
「……、そうね、いつもうるさいし、」
「…はい。」
「自分だけじゃなく人も巻き込んで怒られるし、」
「…はい。」
「誰に対しても優しいし、」
「……はい?」
「私が元気がない時はすぐに気づくし、」
「……ん??」
「人の幸せのために一生懸命になれる勇也だったから、」
「……。」
「私は好きになったんだよ。」
気づけば、私の頬を涙が伝っていた。歩みを止めた私に合わせて勇也もその場に立ち止まり、本当の静寂が私たちを包む。
勇也は、泣き顔を見られたくなくて俯いていた私を優しく抱きしめた。ドクドクと動く温かい胸、細やかな息遣い…、勇也がすぐそばで生きているんだと強く感じる。
「ありがとう。俺、もう一生分の運を使い果たした気分だよ。」
「……。」
「でも…、ごめんな。」
そう言った勇也の声は震えていた。
分かってた、勇也ならきっとそう言うって。君は優しいから、まだ子供のくせに、私を傷つけないように大人のふりをしてくれたんだ。
もう……、バレバレだよ。
「バーカ…、こんな可愛い子を振るなんて…、正気じゃないわね。」
私は涙を拭い、顔を上げて、精一杯の大人のふりをする。勇也を一人で大人にさせたくはなかったから。
私の渾身の演技もきっとばれてる。目頭はまだ熱いし、鼻はすすりっぱなしだからしょうがない。それでも勇也は気づかないふりをする。
「……そうかもな。」
「そうよ……、腹が立ってしょうがないから……、一発、顔を引っ叩かせなさい。」
「ええ……、じゃあ、どうぞ。」
「……やっぱ、取っとく。」
「え?」
「必ず、帰ってきて。そしたら引っ叩いてあげる。」
「…………ああ、それがいいな。」
勇也は笑いながら言った。それにつられて私も笑った。笑いながら二人とも泣いていた。
夜風に吹かれた桜たちは、月に照らされ、散っていった。
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