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「おお、今日も一段と長かったねえ。お帰りー」
「……ハコ長」
一人交番で待機していた交番所長、暢気に椅子に座ってひらひらと手を振っている。またしても煙草の臭いがきつい。自分達がいない間こっそり裏で煙草を吸っていたということだろう。――警察官が条例を破りまくるのはどうなんだ、と思わずにはいられない。残念ながらヘビースモーカーかつ、警官としての能力もイマイチすぎるこのオジさんに何かを言っても無駄なのはわかりきっているが。
「たまにはハコ長が出てくださいよ。あのオバさんの声、ほんとうっさいんですから」
俺は心底げっそりしながら、席に戻った。
田舎の交番なんて、本来そう仕事があるわけでもない。ましてやこんな夜遅い時間、通行人さえまばらなほどである。それなのに最近は明らかにのんびり待機できる時間が少なくなっている。明らかに、毎度毎度飽きもせず喧嘩をして大騒ぎしてくれるあの夫婦のせいで。
「何であんなに元気なんですかね、あのご夫婦。ていうか、あんなにお互い嫌いなら何で結婚したんすかね。俺にはどうしても理解できないー」
「まあ、結婚っていろいろあるからね、そりゃあもういろいろと。仙波くんも結婚したらわかるようになるよ、そのうち」
「……なんでそんなに実感籠ってるんすか、ハコ長」
どうせ俺は恋人もいないぼっちですよ、と腐りたくなる。そもそも、警察官にとっては休みの日さえ実際は“待機”扱いなのだ。急に呼び出されてお仕事しろや、となることも少なくない。こんなザマで一体いつどこで可愛い女の子との出会いがあるというのか。
いや、職場に女性もいるけど、みんな性格キツくて怖いしとは心の中だけで。実際、たった今夫婦を一緒に仲裁した先輩警察官の名取さんもそう。長身で体力も根性もあるすこぶる美人、ではあるのだが。いかんせん性格がキツくて怖いのだ。本人には死んでも言えないが、どう足掻いても恋人候補にできる相手ではない。というか、多分彼女の眼中に自分は入っていないだろうが。
「……なんか、変なんだよね」
その名取さんは、さっきからずっと考え込んでいる様子である。何が変なんすか?と尋ねる俺。
「いや、あの藤田さんご夫婦のことさ。仙波、あんたは何もおかしいと思わなかったの?」
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