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1. 南青山デザインオフィス
今年は暖冬で、12月に入りやっと冬らしい
寒さが増してきた。
高さを競い合う高層ビルと狭い空、
そして人工的に規則正しく植えられた木々が、
より都会感を醸し出している新宿。
信号待ちをしていた人たちが目まぐるしく、
いっせいに動き出す。
広告宣伝車やバイク便が停止線で静止している前を、四角いアタッシュケースを握り締めた男性やロングブーツを履いた女性たちと共に、
私も歩き出した。
「では中2日頂き、4日の土曜日にはデザインをお持ち致します」
高校卒業後、
美術系の専門学校でデザインを学んだ。
そして自分の分身とも言える、今までの制作物や思いを詰め込んだポートフォリオを片手に、何の当ても無く、デザインオフィスに飛び込みで訪問した。
そして運良く入社する事が出来たのが6年前。
やっと自分の名刺に「グラフィックデザイナー」という肩書きが付いた私は、広告代理店から、主に企業のパンフレットやチラシ、雑誌広告などの印刷物のデザイン依頼を受けている。
「今日のコーヒーもとても美味しかったです。
ご馳走様でした」
「無理言って悪いね。
でも楽しみにしているよ」
ショップのイベント日に合わせて、急遽、
作製することになったポスターのため、
納品日まで日が無い。
打合せを終えた私は、都会のウォーカブルな街を足早に歩きながら、頭の中でタイムスケジュールを立てた。
この店は、フラワーショップだが、店内の一角でカフェも併設している。
元気をもらえる色とりどりの花と癒し効果のある緑に包まれた、この優雅な空間で飲むカプチーノは本当に美味しい。
いつの間にか常連客の一人になっていた私は、オーナーの田原さんとも次第に親しくなった。
そして営業半分、お節介半分で、店頭で配るチラシやポスターの提案をしてみたところ、
田原さんが気に入ってくれ、客としてカプチーノを飲んでいた私に最初の仕事をくれたのだ。
私をデザイナーとして、一から育ててくれた
オフィスは、古い建物さえも何故かお洒落に
見えてしまう南青山にある。
12時過ぎに戻ると、井上弥依が一人、
電話番をしていた。
「あっ、お疲れさまです」
「お疲れ。みんなはランチ?」
「はい、少し前に。それにしても小雪さんの
今回の仕事、随分、急ですよね。
掛け持ちになるから忙しくなりますね」
契約社員の弥依は、
私の専門学校の時の後輩だ。
人懐っこい性格の彼女は一人っ子の私にとって可愛い妹のような存在であり、男兄弟の中で育った彼女は、私を姉のように慕っている。
「そうだね。8日に入稿しないと制作が間に合わないの。だから、余裕をみて7日には最終のOKを貰うとすると...... 今週は休みが無いな。
でも、せっかく田原さんが仕事を作ってくれたから希望の納期に間に合うように頑張る!」
そう言いながら、先月の26回目の誕生日に夫の亮が買ってくれたコートを脱いた。
鮮やかな色をしたオレンジのコートにするか、シックなブラックのコートにするか、店員2人と亮を巻き込んで、さんざん悩んだ結果選んだのが、このブラックコートだ。
〈あっ、今週末は亮と映画を見る約束をしていたんだ。行けないな......〉
私は小さな溜め息をつきながらデスクにつき、11月のままになっている卓上のカレンダーを捲った。
そして、パソコンを立ち上げ、鞄からポスターの材料となる資料を取り出した。
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