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7 両親
月子は光の中をゆっくりと進んでいく。
これは夢? それとも私、死んじゃったのかな……。
それから光が失われ、瞼の奥が真っ暗になった。月子はゆっくりと目を開けると、驚きのあまり両手で口を押さえた。
月子は古びたアパートの前にいた。子供の頃に母と二人で住んでいた場所に似ていたが、あそこは周りにこんなにたくさんの建物は立っていなかった。
ここはどこなんだろう……首を傾げた時、アパートの二階からバンッという大きな音が響いた。
慌てて二階を見上げると、一番左端の部屋の扉が大きく開いていた。中からは明らかにガラの悪そうな男が不機嫌そうな顔で出て来る。
「ちょっと待って……! お願いだから返して!」
その後ろを女性が男の服を掴むように飛び出してきた。
「それは今月の支払いのためのお金なの!」
「うっせーな!」
男は縋りついた女性の手を何度も振り払い、とうとう手を上げた。その瞬間女性の体は勢いよく階段から落ちて行く。
月子は慌てて近寄ろうとしたが、体が宙に浮かんだまま、それより先には進めなかった。
「テメーがいけねぇんだろ⁈ いい加減にしろよ!」
階段下でうずくまる女性を放って、男は立ち去ってしまった。
女性はゆっくりと立ち上がると、階段の手摺りに寄りかかりながら部屋へと戻る。立っているのさえも辛そうだった。
ふらふらしながらカバンを持って再び部屋から出てきた女性は、どこかへ向かって歩き出す。
その顔を見た時、月子は泣きそうになった。それは紛れもなく母の陽子だったからだ。
『お母さん!』
しかし声は届かない。月子はそのまま母の後をついて行く。
どこに行こうとしているんだろう……。病院? それとも警察? そう考えていると、陽子が道路脇で崩れ落ちた。
月子は駆け寄りたいのに、この世界の住人ではない月子にはそれが出来ない。
だが月子の代わりに駆け寄る人の姿が見えた。
「大丈夫ですか⁈」
倒れた陽子に声を掛け、彼女の体を抱き上げた男性は、黒い服に身を包み銀色の髪をしていた。
その瞬間、月子にはわかった。直感でこの人こそが父親であると悟ったのだ。途端、月子は眩い光に包まれた。
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