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パリ万博
「どうだね、元気にしているかな。」
「ええ、大変調子が良いんです。先生も順調だと言って頂いています・・・でも、心配なこともあるんです。」
「何処か身体以外に気になるところがあるのかね。ちゃんと先生に言っているのかい。」
「いえ、そんなことではないんです。食が進み過ぎて困っているんです。」
「なんだそういうことか、安心した。今年の春が予定だから、もう随分お腹が目立つようになったと思っていたけど、肥ってきたからかな。」
「まあ、伯父様、酷い言い方、凄く気にしているんですよ。女性に対して肥ったは失礼ですよ。」
「スマン、スマン。これから大事な出産を迎えるのだから、体力をつけないと。尚子ちゃんは顔が小さいから、そんなに肥っては見えないよ、大丈夫、大丈夫。」
「んもう、私は真剣に心配しているんですから。」
すると、ホテルの廊下から部屋へ向かって、足音が近づいて来るのが聞こえた。そして、ドアが開いた。
# キュウ
“尚ちゃん、お腹の赤ちゃん、こんにちは。元気にしてますか?”
入って来たのは、久し振りに会う典子だった。
「あれ、伯父さんも来ていたんだ。」
「お前、久々に伯父と会ったのに、あれは無いだろう。それになんだその恰好は、随分淡白で単調な飾り気の無い洋服だな。」
「伯父さん、古い古い。派手な装飾のある洋服はもう時代遅れよ。アール・デコ、単調で幾何学的、機能美が今の流行なの。伯父さんのホテルにも、使われているところがあるでしょう。そして、はい、これ尚ちゃんの大好きなT屋の粒餡最中だよ。」
「おっ、いいね。俺もコイツに目が無いんだ。」
「駄目駄目、これは尚ちゃんに買ってきたの。尚ちゃんから許しを得てから食べなさい。」
「・・・・・。」
「尚ちゃんどうしたの、どこか具合が悪いの?」
「あはは、今尚子様は、食に対して非常に気を遣っておられまするって、肥り過ぎを気にしているんだがね。」
「からかわないでください。もう心に決め、覚悟しました。典ちゃん、ありがとう。」
「そうそう、人間素直にならないと身体に悪いぞ。ところで、お前、急に来るなんてどうしたんだ。」
「今私は、姉さんが勤めている婦人雑誌の会社に臨時で働いているの。」
「なんだ、あいつ、確か報道事務所に勤めていたよな、もう辞めたのか。また、1年足らずでか、しょうがないな。まったく遊びの感覚で働くのはやめたらどうだ。まあ2人とも、どういう形にしろ大人になったから良しとするか。」
「どうせ私達は、伯父さんを満足させるような淑女には成れませんから・・・あれ、尚ちゃんどうしたの?、何か面白いことでもあった。」
尚子は、久し振りに昔に戻ったような感覚になっていた。2人の相変わらずの様子を見て、思わず笑みがこぼれてしまったのだ。
「それはそうと、尚ちゃんはもうお母さんに成るんだよね、おめでとう。このお腹だと、生まれるのはいつなの。」
「ええ、あと2ヶ月ほど経つとみたいなの。」
「ホセさんに似てるのかな、それとも尚ちゃんに似てるのかな。いずれにしろ、美人の子が生まれるのは確かね、羨ましい。」
「そうだな、しかし典子、お前は美男子を捕まえないと望みは叶わないぞ。」
「それどういうこと!、どうせ私は、伯父さんに似てますよ。」
「ほう、それじゃあ、大丈夫じゃないか。」
部屋の窓からは冬の港の様子が広がる。ここ暫くは寒々と感じる静かな風景である。しかし今日は珍しく、青空と陽の光が差し込んで、もう少しで春が到来することを告げるほのぼのとした温もりを感じる。やっと冬が終わろうとしているが、尚子達のいる部屋は、楽しい会話で一足先に春を迎えていた。
「パリ万博か・・・。」
「そう、お姉さんの取材班に交ざって、6月に欧州に渡ることになったんだよ。それで、暫くは会えなくなるだろうと思って、尚ちゃんの様子を見に来たんだ。」
「典ちゃん、凄いね。私まだこの国を出たことが無いから、海外に凄く興味があるんだ。資料室の本や映画をどれだけ見ても、やっぱり本物には敵わないよね。帰ってきたら、色んな事聞かせてよ。」
「俺が知ってるのは、1900年のパリ万国博覧会。十九世紀最後の年の最大の祭典だ。俺は、親父に連れられて初めての欧州旅行だった。アール・ヌーボー全盛期でね。きらびやかな人々の装い、斬新な出展品、今までに見たことも無い前衛的な建築物。新次元の空間だった。至る所に、新世紀に向かう欧州の意気込みがあって圧倒されたよ。そうそう、エッフェル塔にあったエスカレーターに乗った時は、何処から足を乗せたら良いのか分からかったよな。まだ少年だったけど、今でもはっきり覚えているよ。」
「そうなんですか、ますます典ちゃんが羨ましいわ。」
「でもね、今回の仏国行きは心配なこともあるの。」
「そうだろうな、俺だったら、ちょっと考えるな。」
「ええっ、どうしてですか。」
「独国とソ連の動向だよ。どちらも急激な軍備拡張に入り、勢力拡大を狙っている。ホセの国のスペインは激烈な内戦状態だ。この交戦する軍隊の背後に、それぞれこの両国がいる。今回の万博は、正に火事場の横で平然と食事をしているようなものだ。」
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