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ジルは、この国で空賊と呼ばれる仕事をしていました。
“空賊”なんて呼ばれるくらいですから、もちろん、聞けば誰しもが感心するような素晴らしい仕事ではありませんでした。
ジルはこの仕事で人から褒められたことなんか、一度もありませんでした。
ただ、ジルがそのことを気にすることは、あまりありませんでした。
空賊をやっているのですから、もちろんジルは自分の空中艦を持っていました。
空中艦は“嘆く蜜蜂号”という名前でした。
黄色くて少しふとっちょな艦体をしていましたが、小回りが利いてすばしっこく飛び回ることができました。
加速するときに蜂の群れが飛ぶような「びぃーん」という高い音を出すのですが、名前の“嘆く蜜蜂号”らしくて、ジルは好きでした。
ジルには“嘆く蜜蜂号”のほかにも相棒がいました。
エスメラルダという名の、これまたふとっちょの黒猫でした。
彼女はジルがせっせと空賊稼業に勤しむ間、艦内で一番柔らかい座席に体を沈めて、目を細めるのが仕事でした。
その日も、ジルが獲物を発見して近付いているときに、エスメラルダはどの寝方が一番しっくりくるのかを熱心に調べていました。
ですから、
「エスメラルダ!仕掛けるぞ、仕事だ」
ジルにそう言われたときは不満そうに一言鳴いて、首だけを起こしました。
「見て判んないの?アタシ、忙しいから」
「何が忙しいだよこの昼寝枕は。お前の餌代もかかってんだ、きっちり働いてもらうぜ」
ほらほら、と口で急かしながら、ジルは探査機が探し出した艦影と、操縦室の壁中に付けられた映像盤に映る外の様子を交互に眺めました。
外は穏やかな春の陽気でした。
冬の間の、一日の四半分しか日が昇らなかった時期を終えて、空は暖かな日差しに包まれている中を、一隻の旅客艦がのんびりと進んでいました。
艦上には平たく取られた甲板があり、何人もの乗客が景色を眺めていて、武装をしているようには見えませんでした。
“嘆く蜜蜂号”はその遥か上空、旅客艦から見上げれば、太陽の中に隠れてしまう位置で獲物の様子を観察しました。
「間違いない。首都から炭坑地区を経由して行楽地へ向かう臨時便“青碧の王女号”だ、前情報通りだぜ」
喜んだジルは、右側に見える操縦桿を握って、大きく前へ倒しました。
艦は艦首を下に向けて、空に飛び込むように一気に高度を下げました。
滑るように“青碧の王女号”を後ろから見下ろす位置にやってくると、速度を合わせました。
「旗を掲げろ」
「自分でおやんなさいな」
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