ジルと漂泊の姫

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まだ自分の特等席から降りようとしないエスメラルダに舌打ちして、ジルは手元の操作盤をいくつか叩きました。 少しして、艦尾に空賊の旗が掲げられると、それを“青碧の王女号(ブルー・プリンセス)”に見せ付けるようにしてから、無線機を取り出しました。 「無辜(むこ)な乗客の諸君と憐れな船長に告げる。我、空賊“嘆く蜜蜂号”(クライング・ビー)。停艦し、積載している金品を譲渡せよ」 この時代、こうなってしまえば、大抵の場合、空賊の勝ちでした。 空の仕事をする艦長達は、空賊との必要のない戦いは避けるべきこと、そして、もし負けてしまったら自分が一番ひどい目に遭うことを知っていました。 ですから、空賊には早々と降伏し、見逃してもらうことが普通でした。 「今なら、全資産の10%を譲渡されれば、我は直ちに消え失せ、そちらの航海の邪魔はするまい。艦長殿の英断を求む」 一方的に要求を申し立てて、ジルは無線を切りました。 無線は全域に向けて飛ばしたので、きっと今ごろ、“青碧の王女号”の中では降伏の算段を付けていることでしょう。 「少ないわ。それじゃアタシの食費が賄えないじゃない。20%にしなさいよ」 「艦の維持費と当面の生活費の合計が、なんでお前の餌代と同じなんだよ。却下だ却下」 エスメラルダの不満を受け流していると、無線機が雑音の混じった声を拾いました。 ジルはエスメラルダを『静かにしろ』と目で制しました。 『空賊“嘆く蜜蜂号”応答せよ。我、“青碧の王女号”』 「艦長、賢明な判断に感謝する。物資搬送ワイヤをかけるので、減速せよ」 ジルの要求に帰ってきたのは、苦笑いが混じった拒絶でした。 『あいにく急いでいてね。やんごとなき身分の方々がバカンスを心待ちにしている。そちらには、旅の余興になってもらう』 無線が切れるのと同時に、“青碧の王女号”が右に艦体を傾けました。 艦が横に流れていくのと入れ違いに、下から新たな(ふね)が1隻、高度を上げてきたのです。 ハリネズミのように四方八方に向けられた砲塔、旅客艦とは比べ物にならないほど付けられた、黒い装甲板。 そして、艦尾にはためいているのは、ジルが掲げているのと同じ空賊の旗でした。 「来たわよ」 エスメラルダがあくびと一緒に吐き出していると、“青碧の王女号”から明るげな男の声がした。
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