ジルと漂泊の姫

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ジルが舌打ちしたのとほぼ同時、雲を突き破って何かが“嘆く蜜蜂号(クライング・ビー)”の横を飛んで行きました。 オリビアはそれ(・・)について、怪物というほかに言葉が思いつきませんでした。 黒い翼を広げた姿は鳥に似ていましたが、この(ふね)よりもずっと巨大でした。 頭の部分には恐ろしい表情を浮かべた男性の仮面が着いていて、目は緑色に光って、口からは赤い炎がちろちろと吹き出ていました。 「帝国の兵だ」 そう言って、ジルは艦の速度を落としました。 怪物は、まるでこちらの姿が見えないかのように城へと飛んでいきました。 「城の中は今みたいのがうじゃうじゃ押し込まれていて、飛び出すのを待ってるらしいぜ」 オリビアは息を呑みました。あんな恐ろしいのが、あの城にはまだまだ潜んでいるだなんて! 「どうして軍は放置したままなの?こんなに国の中に攻め込まれているのに!」 「対応はしてるさ、と言うだろうな。この国のお偉方は」 ジルは艦を操りながら、空いた手で2枚の書類をオリビアに見せました。 「見てみなよ。飴と鞭」 オリビアが受け取った書類の1枚目には、“特別空挺任務従事者”と書かれていました。 「空賊を軍部に抱え込んで、軍がやるべき任務に就かせる。安上がりで手っ取り早い。“特別任務に自発的に協力する民間人”だから、軍の損害に加えなくていい」 そして、オリビアは2枚目の書類を見ました。 「艦船、略奪許可証?これ、政府発行の正式な公式文書なの」 「王の玉璽付きの、な。意味分かるか」 「……あり得ない、そんな」 「どうして有り得ないと言い切れる」 「だって」 オリビアは自分が想像したことがとても嫌でした。 でも、そう考えるととても簡単に辻褄が合いました。 「軍は、空賊に自国民からの略奪を許可する代わりに、自分たちがやるべきことを、あなた達に押し付けているの?」 ジルはうなずいただけでしたが、オリビアはそれ以降、黙り込んでしまいました。 ただ、ずっと険しい表情を浮かべていました。 ❖ ジル達は再び雲の中を抜けて、恐ろしい空から戻ってきましました。 あの雲が見えなくなってしまえば、空は穏やかなままでした。 「帰ります。帰ったら……軍へ入ります」 オリビアがやっと言った言葉は、決意を伴っていました。 「あたし、正直迷ってた。軍に入ったって出来ることなんかない、やりたいことも見つけられないから、他にやるべきことを探したほうが良いんじゃないかって。でも、見つけた……軍という組織を立て直すんです」 「随分でかいことを言うんだな」
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