4月

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4月

「愛子。大丈夫?」 ふらふらと歩くと愛子の顔を、愛生が心配そうに覗き込む。 愛子と愛生は、今日から高校3年生になる。 家が近く、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染の2人。奇跡的に高校2年生までクラスも同じだ。 そして、今回も同じクラスだと疑いもしない2人だった。 愛子は、超夜型で、朝は大の苦手だった。愛生に連れられ電車に乗ると毎日寝てしまう。 ふらふら歩く愛子を支えながら、愛生が独り言のように呟いた。 「今日から3年だね。担任、誰になるかなぁ。」 愛子の目が急にパッチリ開き、 「壬生先生がいいんでしょ!」 くりくりの目をキラキラさせて、ニヤニヤと笑った。 「もうっ!こんな時だけ覚醒するんだから!」 愛生が赤面し、頬をぷうっと膨らませた。 壬生は、愛生が片想いをしている教師だ。 入学式の日、愛子を起こす事に手こずり、愛生は、遅刻ギリギリに学校に到着した。 その時、愛生と共に入学式が行われる体育館まで必死に走ってくれたのが壬生だった。 愛生より焦り、愛生より必死に、愛生に激を飛ばしながら必死に走る壬生に、愛生は恋をした。 「だって、愛生。去年のがっかりっぷりったら、相当だったよ〜。」 愛子が揶揄うように笑った。 「だって〜。」 愛生が更に顔を真っ赤にして言った。 愛子はニコニコと笑いながら、 「今年は壬生先生だといいねぇ〜。」 と言って、愛生の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 「もうっ!やだ〜。でも、そうだといいなぁ〜。」 と言いながら、今度は、愛生が愛子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。 2人は腕を組み、ケラケラと笑いながら、足取り軽く、学校に向かって歩き出した。 新しいクラスは、下駄箱の奥のホールに張り出されていた。 辺りには誰もいない。 愛子がため息をつきながら、 「だから、早すぎるって言ったじゃない。もう、愛生は、急ぎすぎだよ。」 眉間に皺を寄せて言った。 「だって、気になっちゃうんだもん。」 少し拗ねたように愛生が言った。 「はいはい。担任は書いてないけどね。」 やれやれと言うように愛子が言った。 そして、2人で新しいクラスが書かれた用紙を眺める。 しばしの沈黙の後、 「やった!またいっしょ!」 2人の声が重なった。 2人は、ハモった〜と言いながら、ケラケラ笑った。 そして、愛子は、大きなあくびをしながら、 「愛生、私、一眠りしてくる。」 と言って、バイバイと手をひらひらと振りながら、保健室に行ってしまった。 愛生は、1人、新しいクラスの教室に向かった。 誰もいない教室で、愛生は、窓際の席に座り、校庭を見ていた。 そして、入学式の時の出来事を思い出していた。 入学式の日、結局、愛子のことは諦めて、愛生は1人で急いで学校に向かった。 入学式が始まるギリギリに校門に着いた。 校門に立っていた人が顔を引き攣らせて 「もう入学式が始まるぞ!体育館だから急ぐぞ!」 と言って、急に走り出した。 愛生は、一瞬、ポカンとしたが、慌てて先生らしきその人の後を追った。 「なんで君はこんな日にこんな時間になるんだ!」 と叫びながら必死に走っている。そして、振り返り、 「ほら、あそこが体育館だから、頑張れ!走れ!走れ!」 と、愛生に一生懸命声をかける。 「間に合うのか?頑張れば間に合うか?」 そう言いながら、愛生より必死になっている。 愛生は、その姿が可愛いらしく見え、クスクス笑った。 その声を聞くと、 「おいっ!笑ってる場合じゃないぞ。本当に遅れちゃうぞ!走れ!走れ!」 さらに必死に言って走る、走る。 そして、愛生と距離が開く。 「ごめん。早すぎた。」 と言って、少し顔を赤らめてスピードを緩める。 愛生は、もっと可笑しくなって、ケラケラ笑いながら走った。 「おーい。もっと必死に走れ〜。」 その人は、また必死に叫んだ。 2人は体育館まで猛ダッシュで走った。 そして、息も絶え絶えになりながらも、2人は入学式に間に合った。 愛生は、必死なその人がとても気になった。 そして、その人こそ、壬生だった。 「先生が担任だといいなぁ。」 とボソっと呟き、担任が壬生だった時の事を想像してドキドキしていた。 その時、ドアがガラガラっと開いた。 愛生は、保健室が空いてなくて、愛子が教室に来たと思い、ドアの方を振り返りながら、 「保健し…。」 と言いかけて、息を呑んだ。 「おっ。一色、今日は早いじゃないか!」 壬生だった。 突然のことに、愛生は、目をパチパチしながら、 「えっ?」 と言った。 キョトンとしている愛生に、壬生はニコニコしながら、 「入学式の日に体育館まであんなにダッシュしたのは初めてだったよ。」 と言い、黒板に体育館まで走る愛生と壬生の絵をサラサラと描いた。 そして、愛生の隣に立ち、 「今年1年よろしくな。」 と言って、笑顔で愛生の頭をポンポンと叩いた。 愛生は、入学式以来、担任どころか、壬生の授業すら受ける事なく、全く接点が無いまま2年間を過ごしていた。 愛生は、壬生が自分を覚えていてくれたことに驚き、嬉しくて、顔が赤くなっていくのを自分でも感じていた。 それを悟られないように、俯いたまま、黙って頷いた。 愛生の心臓は、爆発しそうなほど激しく鼓動していた。 「私、愛子を呼びに行ってきます。」 愛生は、いたたまれなくなり、早口にそう言うと教室を急いで出た。 そして、そのまま保健室に向かって走り出した。 心臓は、まだバクバクと音が聞こえそうなほど激しく鼓動していた。 バンっと、勢いよく保健室のドアが開いた。 「愛子、いる?」 愛生の声が響く。 緊迫した、でも、歓喜が混ざる声だった。 愛子は、愛生の剣幕に驚き、 「愛生、ここ」 と、慌てて答え、身を起こした。 愛生がベッド周りのカーテンを勢いよく開ける。愛生は、真っ赤な顔をしていた。 「愛生?」 と、愛子が言い終わらないうちに、愛生は愛子に抱きついた。 愛子は驚き、 「愛生?どうした?」 うわずった声で聞いた。 愛生は、抱きついた腕を離し、両手で愛子の頬を挟み、 「担任、壬生先生!」 と、興奮して言った。 愛子の瞳から、不安の色が消え、くりくりの瞳がキラキラと輝き、 「愛生!」 と言って、今度は、愛子が愛生に抱きついた。 こうして、愛子と愛生の高校最後の年が始まった。
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