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5月
新しいクラスになって、1ヶ月が経った。
相変わらず、愛子は毎日保健室へ行き、午前中は、ほとんど授業に出ていない。
先生達も、具合が悪いと言うのに授業に出るように無理強いできないという理由で、愛子が保健室へ行くのを黙認している。
しかし、これは、入学以来、愛子がずっと学年トップクラスの成績を維持していることの影響も少なくない。
そう。
愛子は、朝が極端に弱いという個性もあるが、とても聡明だった。
有名大学への合格は、学校のイメージアップに繋がる。あからさまに言う事はできないが、愛子は学校にとって貴重な存在と言える。
その上、愛子は容姿にも恵まれていた。
白い肌に、くりくりとした大きな瞳、小さな鼻、ぷっくりとした唇、髪は栗色で軽くウェーブしている。染めてもいないし、パーマもかけていない。
本人は、雨の日は最悪と言っているが、雨の日に髪の毛を束ねる愛子が見たい男子も沢山いた。
愛子を見ていると、神は二物を与えるものだと思わずにはいられない。
そんな愛子だから、羨望と妬みの対象となり、愛子自身に関係ないところで、味方も敵も出来ていた。
愛生や前から同じクラスの生徒たちは、午前中、愛子が教室にいない状況にも慣れているが、初めて同じクラスになった生徒たちは、色々な憶測をして、勝手な事を言い出す。
その日も、愛子はいつも通り保健室に行っていた。
授業の合間の休み時間、愛生の周りに数人の女子が集まって来た。
「ねぇ、一色さん。一ノ瀬さんって、なんで保健室ばかりに行ってるの?夜、寝ないで勉強してるとか?学校の授業は必要無いって思ってるの?どうせ、授業のノートはあなたのを写してるんでしょ。いい気なもんよね。一色さん、利用されて可愛そう。」
1人の女子が一気にまくしたてた。
なんて意地悪な言い方をするんだろうと愛生は思っていた。
でも、愛生は、そんな事には慣れっこだった。
過去にも、何度もこんな場面があった。
その度に、愛生は、うんざりした気持ちになりながらも、ニッコリ笑って応じる。
今回も、いつも通り、
「さぁ、どうかしら。でも、愛子にノートは見せていないわ。だって、私もノートを取っていないから。」
と平然と言い放つ。
愛生は、笑っているが、その言葉には周りの空気を凍らせるような威圧感があった。
愛生は、普段は穏やかで控えめな性格だ。でも、芯の強さは人一倍で、普段の愛生からは想像できないほどの行動力や人を圧倒する能力を発揮する。
それは、愛生の容姿にも影響されている節がある。愛生は、キュートな愛子とは真逆で、切長の瞳、すっと通った鼻筋、薄めのキリッとした唇、そして漆黒のストレートのロングヘアだった。その上、成績は愛子に負けず劣らず優秀で、2人で学年トップを取り合っている。
にも関わらず、本人達は、全く無関心で、成績の確認すらしない。
愛生の空気に気圧されながらも、女子たちはムキになって、
「なんか、夜、繁華街で男漁りしてるってウワサも聞いたし。」
と言った。
これには、冷静な愛生も、流石に腹が立った。
「誰がそんな事を…」
と言い、立ち上がろうとした愛生の肩を、誰かの手が優しく押さえた。
「一ノ瀬は、あの容姿だから誤解されやすいんだよね。でもね、あいつほど"男漁り"って言葉と縁遠い奴はいないと思うけど。あいつ、ちょっと変人だから、話すと面白いから、聞いてみたらいいのに。おすすめするよ。」
真樹だった。そう言って、女子達ににっこり笑った。
真樹は、高校に入って知り合ったクラスメイトだ。1年生の時から同じクラスで、何かと愛子と愛生をかばってくれていた。
真樹は、愛子の事が好きなんだろうと愛生は思っている。
でも、愛子は、超鈍感で、それに気付く気配もない。
真樹はというと、今の関係が居心地いいのか、関係を変えようという気配はない。
愛生も、今はそんな2人を見守っている。
真樹は、派手さはないが、穏やかな雰囲気、柔らかい笑顔、見た目からは想像がつかない空手の有段者というギャップ萌男子だった。
そんな真樹が割り込んで来た為、愛生を取り囲んでいた女子たちは、少し顔を赤らめながら、
「そうなんだね…。じゃあ、今度話しかけてみようかな。」
と言って、しどろもどろになりながら、愛生の席から離れて行った。
「真樹くん。有難う。男漁りとか言われて、さすがにカチンときちゃって。」
愛生が言うと、
「良くも悪くも、君たちは目立つからね。ホントに大変だねぇ。」
と言って、真樹は優しく笑った。
そこへ愛子が大欠伸をしながら戻ってきた。
愛生と真樹を見て、おはようとニッコリ笑い、そして、なんとなくへんな空気を感じて、頭を傾げて、
「どうかした?」
と聞いた。
愛生と真樹は、なんでもないよ。と言って、ニッコリ笑った。
ふ〜ん。と言って、愛子は再び大欠伸をした。
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