8月

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8月

夏休みに入って3週間になる。 今年もやっぱり夏は暑い。 日中は、暑過ぎて、外に出る気もしない。 愛子と愛生も、お互いの家を行ったり来たりしながら、ゴロゴロ過ごす事が多い。 夜中に愛子の家に真樹が来て一緒に出掛けた事を、愛生は、翌日、愛子から聞いた。 愛子は、照れながらも嬉しそうに話していた。 愛子は、夜中にこっそり外出したことが両親にバレて、こっ酷く叱られたらしい。ただ、真樹と一緒だった事は知られていないらしい。 最初の一回きりで、それ以降、真樹と一緒に外に出かける事はないが、それでも真樹は時々やって来るらしい。 そして、特に何をするわけでも、話すわけでもなく、窓越しに、真樹が買ってきたアイスを一緒に食べる。月を見上げて、汗をかきながらアイスを食べるだけの時間。それでも、愛子にはとても楽しい気持ちになれる時間だった。 愛子の部屋でゴロゴロしながら愛生が言った。 「愛子はいいなぁ。青春してて。私なんてさ、何にも起きない。」 大きなため息をつく。 「別に、青春なんて、ただ、アイスを一緒に食べるだけだし。」 愛生が眉間にシワをよせて、 「それが青春なんじゃない!それに、今度の花火大会に誘われてるんでしょ。いいなぁ。」 いつになく拗ねる愛生の姿に 「花火大会は、愛生も一緒に誘われたでしょ。」 笑って愛子が言う。 「もう。嫌よ。そんなおじゃま虫になるの。」 ますます愛生が拗ねる。愛子は笑って、 「まだそんなんじゃないし。私は、愛子と一緒に行きたいの。真樹は、おまけみたいなものだよ。」 そう言うと、愛生は、 「そりゃぁ、真樹くんとはさ、友達として一緒にいて楽しいけどさ、おじゃま虫は嫌なんだって。」 と言って、口を尖らせて言う。 「だから、おじゃま虫じゃないって。今日、浴衣見に行かない?」 う〜ん。と、まだ眉間にシワを寄せている。 ブツブツ言う愛生を連れて、浴衣を買いに行く事にした。 「愛子ちゃん。よく似合ってるわ。」 愛生の母親が、浴衣を着た愛子を見て言った。 愛子は、愛生の母親に浴衣の着付けをして貰っていた。 愛生は、すでに浴衣を着て、愛子を待っていた。 これから、愛生、愛子、真樹の3人で花火大会に行く。 愛生は、若干のおじゃま虫感はあるものの、友達として3人で遊ぶ事自体は、とても楽しかった。 真樹も、愛子と愛生はセットだと思っているのか、3人でいる事が当たり前と思っている節がある。 だから、3人でいても、愛生が居心地の悪さを感じる事は無かった。 浴衣に着替えた2人は、真樹との待ち合わせの堤防に向かった。 2人は全く気付いていないが、すれ違う人が振り返るほど、2人は綺麗だった。 真樹との待ち合わせ場所にいても、2人はとても目立っていた。2人の周りには少し空間ができ、そして、その周りに人だかりが出来ていた。 真樹は、その人だかりをかき分けてやってきた。 「2人、すごいな。君たち2人を取り囲んで人だかりができてるよ。」 愛子は笑いながら、 「そんなわけないじゃん。さぁ、行こ!」 そう言って、スタスタ歩き始める。それを追うように愛生と真樹も歩き始める。 愛生は、真樹にこっそり 「2人の方がよかったんじゃない?」 と言うと、真樹は、 「なんで?こんな美女2人をエスコートできるなんて、こんな役得ないっしよ。」 と、満面の笑みで答えた。 愛生は、首をかしげ、そう?と言って微笑んだ。 愛生と愛子だけでも目立つが、真樹は派手さはないが、背が高く、細マッチョの彼もまた目立つ存在だった。 そんな3人が歩くと、人は振り返り、注目を浴びた。 3人は、そんな事はお構いなしで、屋台を巡り、かき氷、りんご飴、綿菓子などを買って、堤防の端の少し人が少なくなった所に3人で並んで座った。 もう少しで花火が始まる。 堤防に座った愛生は、ぼんやり人だかりを見つめていた。その時、愛生の視線が釘付けになる。 かき氷を両手に持ち、人にぶつかりながら、その度に頭を下げながら歩く人がいた。 壬生だった。 そうか。そうだよね。先生も市内の人だった。いてもおかしくない。 愛生は、壬生の姿を見つめながら、そう思っていた。 思いがけず、壬生を見る事ができ、愛生は胸の高まりを抑えられなかった。 壬生との距離はかなりある。きっと先生は気づかないと愛生は思っていた。 だから、愛生は、壬生の事をじっと見つめていた。 その直後、壬生の視線は、愛生を捉えた。そして、愛生と目が合う。 愛生は、ハッとして、目を見開き、目線を外した。 そして、そっと、もう一度、壬生の方を見た。 壬生は、まだ愛生を見ていた。 お互いに目が合っているのはわかっていた。 愛生には、それがとても長い時間のように感じた。でも、実際にはほんの数秒のことだった。 壬生は、誰かに呼ばれたようで、愛生から視線を外し、斜め下に視線を向ける。 そこには、男の子がいた。 ああ、そうだった。 そう思った愛生の心は凍りついた。 壬生は、愛生の方を再び見て、微笑み、小さくかき氷を持った手を挙げた。微笑んだ顔は、少し困ったような淋しそうな顔に見えた。 そして、愛生たちがいる場所とは反対に向かって歩き出した。 男の子は、壬生のシャツの端をしっかり握っていた。 愛生は、視線を外す事が出来なかった。 壬生が見えなくなっても、ずっと、その場所を見つめ続けた。 壬生には妻子がいる。そんな事はわかっていた。頭では理解していた。でも、実際に見なければ、その存在を意識する事は無かった。 神様は意地悪だ。と愛生は思った。 愛生には、壬生の家庭を壊すつもりなど微塵もなかった。ただ、好きでいたかっただけだった。 それすらも、神様は許してくれないのか。こんな姿を見せて諦めさせようとするのか。 大きな花火が上がった。 ドーンと言う大きな音とともに、愛生の涙腺も崩壊した。 愛生は、空を見上げて、泣かまいとした。 でも、涙は次から次へと溢れて来る。 隣に座っていた愛子が、そっと背中をさする。 愛子は、今も変わらず、真樹と綿菓子の取り合いをしていた。 花火を見上げながら愛子が言った。 「花火、綺麗だね。綺麗過ぎて、泣ける。」 「そうだね。」 そう言って、愛生は、空を見つめ続けた。
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