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高校の卒業式が終わったあと、幼馴染みの大貴とふたり家路へ着いた。
俺は解放感と、この町から出られるという希望でいつもよりテンションが高かった。俺ばかりずっと喋っていて、あいつの様子がいつもと違うことに気付けなかった。
「……澪」
もうすぐ俺の家という所で、大貴が神妙な面持ちで言った。
「なんだよ」なかなか話し出さない大貴に向かって、俺は言った。
「……ずっと、好きだった」
「……は?お前何言って……」
俺は戸惑いを隠せなかった。好き、って大貴が?男である俺を?いつから?
冗談かとも思ったが、その割に表情が真剣だった。その表情で、あいつが本気だということがわかる。
そう思った瞬間怖くなった。
俺はこの町が嫌いだったから、ここから逃げ出したかった。でもこの町で大切な奴が出来たらーー未練が出来たらーーここから逃げることなんて出来なくなるんじゃないか、って。
そう考えたら怖くなって、「ごめん」と一言言い残して走った。
それから俺は大貴には会わずに上京した。家族ぐるみの付き合いだった大貴の家族は空港に見送りに来てくれたけど、大貴は来なかった。当たり前だ。傷つけてしまったのだから。
上京してからしばらくはひとり暮らしを楽しめたけど、次第に寂しくなっていった。
いつでも、俺の隣には大貴がいた。
両親がいなくて泣いてた子どもの頃も、俺なんかどうなったっていいと自棄になった日も、あいつは側にいてくれた。
そんなあいつがいないことに……連絡もとれない状態に耐えられなくなった。
卒業アルバムを開く。一度も開かずに実家に置いていったらばあちゃんが荷物に入れてくれたものだった。
学校をサボりがちだった俺の写真は少ない。少ないながらも、写真の中の俺は笑っていた。
ーーそうだ。
あの町にいるのが辛くてーー俺を捨てて他の男の元へ去った母親や一度も会いに来ない父親のことで陰口を叩かれたり、俺自身素行が悪かったからそのことで何か言われたり、そういう嫌なことばかりのように思えたけれど、それだけじゃなかった。
楽しいことも嬉しいこともあったんだ。
行事にはあまり参加しなかったけど、修学旅行で初めて県外に行ったり、日々大貴と遊び回ったり、出席日数が足りなくて留年しそうになったとき、あいつや先生が助けてくれた。
ーーずっと、好きだった。
あいつの声や顔を思い出す。大貴がいつから俺のことを好きだったのかは知らない。けど、確かにあいつは俺を愛してくれていた。
両親から愛された記憶がない俺には、気付けなかったけれど。
最近届いた、大貴の家からの段ボールには米や野菜やレトルト食品、そして大貴の母さんからの手紙が入っていた。
その手紙の中には俺のことを心配する言葉や、いつでも帰ってきていいと書いてあった。
ばあちゃんもしょっちゅう電話をくれたり、食べきれないほどの食料を送ってきたりしてくれている。これもきっと、愛情のひとつなんだろう。
段ボールの隙間に、紙が挟まっているのを見つけた。何かのメモだろうか。
開いてみると、それは大貴の字だった。
「……馬鹿……っ」
その手紙を読んだ途端、流れる涙を止めることが出来なくなった。手紙には一言こう書いてあった。
『お前の幸せだけを願ってる』
ーー……俺は、馬鹿だ。
あの町から離れたくて離れたくて。
ただそれだけしか考えられなくて。
大貴があの時どんな気持ちで俺に告白したか、ろくに考えもせずに。
自分のことしか考えず、自分勝手に故郷と共に捨てて。
それなのに。
あいつはこんな俺を赦してくれるというのか。
流れる涙は止まることを知らず。
ただ後悔だけが過ぎていった。
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