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文が百万分の一の子だとわかったのは、正確にいうと病院のベッドの上だった。
そのとき文は、目覚めたら病院のベッドで両親に見下ろされているという初めての状況に戸惑っていた。涙を浮かべる母と父は文の右手を握り、音にならないほど小さな声で娘の名を呼ぶ。
しかしその文はというと、すぐ隣にいる医師と目があい、とっさに視線を逸らしていた。彼の顔は話題のイケメン俳優そっくりだったのだ。
「おはよう。そしてはじめまして。担当の小倉です。よろしく、文ちゃん」
小倉の声はよく響いた。それもそのはず、病室はやけに厳重で、他の患者はいない。
文は両親が親馬鹿であると知っていた。裕福な家庭のひとりっ子だ、愛されないはずがなかった。
きっとわたしを心配して高い病室に入れてくれたのだろう、文はうつむいたりこちらに目線を送ったりと忙しい両親を見つめながら、ため息をこらえた。
「文ちゃん、君は二日間眠っていた。そして、辛いかもしれないけどどうか落ち着いて——」
そんなにですか!
両親に元気なことをアピールするため、文は大げさなリアクションをとろうとした。その瞬間、またあの感覚が彼女を襲った。
呼吸の仕方がわからない。どう吸ってどう吐くかがわからない。文は必死に息を操作しようとした。しかしもがけばもがくほど溺れてしまう。
天井の無機質な白光が弱まっていき、やがて消えた。文にだけ夜が訪れたのだ。
翌日、文は「肺高血圧症」という言葉を初めて知った。
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