弊社ではこのように

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「試験官を呼べ!」 手に問題用紙らしき紙を持った学生たちが、ある会社の受付に押し掛けた。受付嬢が困惑していると、騒ぎを聞きつけた社員らしき男がやってきた。 「どうかしましたか?よろしければお部屋の方でお話を伺いましょうか」 応接室で3人の学生がスーツの男と向かい合って座っている。 「さて。本日はどういったご用件でしょうか」 「この前の入社試験だ!」 一人の男子学生が叫びながら、手に持っていた問題用紙をテーブルに叩きつけた。問題用紙を眺め、スーツの男が頷く。 「ああ、みなさま入社試験を受けられた学生さんたちでしたか。これが何か?」 ほか二人の女子学生もソファーから前のめりになって急き立てた。 「どうもこうもないです。こんな簡単な問題をやっただけですぐに帰らされて。」 「あとから不合格ってメール来ましたけど。面接の機会も与えられないなんて不当です。」 「ははぁ。状況はわかりました。しかしこのような言い方は大変失礼なのですが、それは試験に不合格だっただけでは?」 「ありえないです!私たちはお互いに、何度も自己採点しました。」 「それにこの問題。小学生レベルですよ。そんな簡単な問題を間違うわけないじゃないですか」 「ふむ。自己採点ですか。ではどうでしょう。ひとつここで答え合わせしてみましょうか。それでご理解いただけるかと。」 「ええ。望むところです。」 問題用紙をテーブルに広げられる。数問しか記載されておらず、シンプルな問題ばかりだった。まず男子学生が声をあげた。 「まず最初の算数の問題。『1+1=』って、答えは2しかないでしょ。それ以外に何があるって言うんだ。」 「無限大」 スーツの男は表情を変えずに呟いた。沈黙が流れる。男は気にせず言葉を続けた。 「1+1は無限大です。2しか答えがないというのは常識にとらわれた発想ですね。人間で考えてみましょう。一人ではできないことが二人ではできる。二人の仕事は一人でやってた仕事の足し算じゃない。無限の広がりがあります。だから答えは1+1の答えは無限大なんです。」 男子学生が黙り込んでいると、女子学生の一人が口を開いた。 「次の国語はどうなんですか。漢字の読み仮名。『努力』は『どりょく』と読むはずです。」 「これは『あたりまえ』と読むんですよ。」 女子学生は指をさしながら漢字を読み上げていった。 「不可能」 「やればできる」 「休息」 「あまえ」 「賞与」 「ファンタジー」 国語の問題はそこで終わっており、女子学生の指はそれ以上動かなかった。もう一人の女子学生が続く。 「では最後の道徳の問題はどうなんですか。2択なのでそれなりに正解者はいるはずです。拾ったお金をどうするか。1は『警察に届ける』2は『自分のものにする』という選択で」 「3の『会社の売り上げにする』」 スーツの男はふうっとため息をついた。 「まず与えられた選択肢のどちらかしか選べない、というのは狭い考えです。選択肢が2個ならば3個目を考え出して選ぶ。ビジネスマンの常識とも言えるでしょう。そのうえでですが、今回の問題ではお金の扱いを問うています。会社で働く者はすべからく、手にするお金は会社が所有するものと心得てください。給与は会社からあなたに貸し出すものですし、何らか手にしたお金は会社に戻すべきです。この当たり前の選択肢が無い時点で、用意された2択には選ぶ価値が無いことに気づいてほしかったですね。サービス問題のつもりでしたが。」 男はソファーから立ち上がり、学生たちを一瞥したあと微笑みかけた。 「しかしあなたたち、悪くないですよ。たとえ浅はかな知恵だったとはいえ、こうして異議を唱えに来る行動力には見込みがあります。何より自らの思考を是正するチャンスを獲得できたわけです。正解を知った今、正しい行動ができるようになったことでしょう。いかがですか、みなさん。弊社で働いてみませんか?」 学生3人はどこか晴れやな表情で、口をそろえて答えた。 「お断りします」 (おわり)
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