パイプ椅子である必要性

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パイプ椅子である必要性

「さて、君達は新学年としてまた新しい道を――」 渋い声が体育館中に響き渡る。 理事長さんの話が長い。オレがこの間食堂で食べた贅沢な材料ばっかりを使ったピザのチーズの伸び具合よりも長い。 ……お腹空いた。 この話をまともに聞いているやつは全体で何割くらいいるんだろうか。 最初から最後まで真面目に聞けるんならとんだ集中力の持ち主である。 ちなみにオレは右から左に、それはもうスムーズに聞き流している。 肝は右から、という点だ。左からだと、オレの右側にいるめっちゃ身長の高いやつに当たって跳ね返ってくるからな。 ……どうでもいい? いや、これくらい関係ないことを考えないと気が紛らわせないんだよ。 しかもオレ達の後ろにはパイプ椅子(普通の銀のパイプに青いクッションではなくて、真っ黒でクッション部分がふかふかの高そうなやつ)があるのにも関わらず、理事長さんのお話だからと立たされて聞いているのだ。 貧血体質のやつもいるだろ! 気を使ってやれよ! オレは違うけど! 「場七(じょうな)学園の生徒として、他者を尊重し、思いやり――」 また違う話になってる。 この学園は他者を尊重どころか、アイドルだか神様だかそんな感じで特定の人物を崇めたてているけどな。 最初はそんな光景に驚きまくって寮の自室内を奇声を上げながら走り回ったものだが(防音なので安心)、2年生になった今では既に慣れてしまった。悲しいような嬉しいような。 この学園には親衛隊というものが存在している。 今後ろにいるオレの友人の遊から簡単に説明してもらった話によると、簡単に言えばファンクラブらしい。 その対象をサポートするだとか言っていたがあんまり覚えていない。 まあオレと後ろの遊は入っていないのであんまり関係ないからな。 ……というか遊くん話長いと思わない? ちらっと後ろの様子を伺う。 ……ん? 寝てる!? 思わず2度見しちゃっただろ。 目が完全に閉じている。 ……よくこの状況で寝られるな。先生に見つからないのが奇跡である。 立ったまま寝る技術とか何処で身につけてきたんだよ。山で修行したのか? 「ありがとうございました。続きまして、生徒会長、お願いします」 はー、やっと理事長さんの話が終わった。長かった…… 生徒会副会長さんの言葉で始業式が進む。 親衛隊を持つ者の1人、生徒会長さんのお出ましである。 いや、背が高いな。同じ制服を着ているはずなのにこの差は何なんだろうか。 きっとお高い食事を食べてるんだろうなあ…… 納豆(ネギと醤油マシマシスペシャル☆)みたいな。 いや納豆食べないか。美味しいのに。小粒が美味いんだぞ。 まあ一般庶民のオレからしたら平凡なくらいがちょうどいいですけどね。 納豆もスーパーで買ったもので充分だ。 「あー、新学期が始まったが――」 周りの人々の耳の傾け方が、さっきの理事長さんと大違いである。 もう目が輝いてるもん。キラッキラ。 確かに生徒会長さんや、その他の役職持ち(他の生徒会員や委員会など)の人も顔が整っているな、と思う。 ふとした仕草や態度から育ちの良さも伺えるし。カッコイイと言われても不思議ではない。 しかしオレは親衛隊に入るほどではない。 まず、親衛隊員特有の『きゃー!』という女子に匹敵する黄色い声が出せない。 あれ何処から出してるんだ? 『きゃー!』のテノールパートならいけそうだけど。 あと定期的に集まりがあるらしいじゃないか。それも面倒くさそうだし。放課後はやっぱり自由がいいよな。 「以上をもちまして、始業式を閉じます」 副会長さんがそう告げる。 いつの間にか会長さんのお話が終わっていたらしい。 さすが一生徒。話を簡潔にまとめてくれて助かった。 体育館内がざわつき始める。 生徒会長今日もカッコよかっただとか、副会長の声で耳溶けるだとか。 完全にライブか何かの後の感想である。 オレは足がパンパンだ。 ……これもライブでスタンディング席にいたときの感想じゃないか? 始業式って実はライブだったのか…… ……早く帰ろう教室に。
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