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「あー、オレがこのクラスの担任になった月夜野 波流輝だ」
中学生の頃じゃ考えられなかった小綺麗な教室の内装に、消しゴムで文字を消してもガタガタいわない机、背もたれの部分が背中にフィットして座りやすい椅子。
そして教室の前方にでかでかと存在しているホワイトボードには、現在前に君臨している男の名前が書かれている。
……これ、源氏名?
いやいやいや、ここまで『The・ホスト』って名前ある?
苗字と名前、別々に考えてもそれぞれHP高くない?
“夜”とか“流”とか“輝”辺りの漢字がいい感じにホストみを醸し出している。
見た目もそうだ。明るい茶色に毛先が遊んでいる髪型。痩せ型ではあるが身長はちゃんと高くて男らしい。
気怠げに話す様子に何となく色気を感じる。顔も整っているし。
「まあ、1年間よろしくな。ああ、生物準備室に来たいやつは来い。抱いてやるよ」
……おい頬染めてるやつが何人かいたぞ? 将来変なやつに引っかからないかお母さんは心配です。
見た目も名前もホストだけど一応教師のやつがそんなこと言っていいのか、とは思うがこの学園では大丈夫。……多分。
「係決めっから。適当にやっといてくれ」
ここは2学年Sクラス。
生徒会副会長さんも同じクラスなので、どうやらクラス長を決めるまでは副会長さんに任せるらしい。
世の中の奥さん方もびっくりの放任主義である。まあ、子供の自由を尊重するのは大事だからな。
面倒くさいだけにしか見えないけど。
「吟、係どうする?」
前にいた、さっき始業式で寝ていた遊がこちらに振り向いた。
ちなみに席は窓側の前から2番目。遊は1番前。
何を考えたのかさっきの担任様が『あ、席何処でもいいから』などと言ってのけたので、ここを選んだ。
ふふふ、案外前の席ってのは先生の死角なのだ。
いやオレも一応Sクラスですから勉強はちゃんとやりますけどね? このクラスになったのほとんど成績のおかげだろうし。
Sクラスのやつらは、成績、容姿、家柄なんかで選抜されるらしい。
詳しい選考方法は明かされてないけどね。
選考方法に容姿が含まれている時点で既におかしいのだが、まあこの学園ならしょうがないか〜、みたいなところはある。
そこは慣れだ、慣れ。
オレは顔も多分世間一般的に普通の部類だと思うし、家柄なんか平々凡々だし、正直Sクラスにいることが謎である。
遊は……
うーん、友達の顔って一緒にいると美醜の区別つかなくならない?
第一印象は……金髪でピアスを開けているやつ。
我ながら薄っぺらすぎる第一印象だ。
確か高校デビューで染めたって言っていたな。似合っているのでなかなかやるやつである。
オレも染めはしたが、染める直前で勇気が出ずに『茶色にしてください!』と言ったせいで、中学の友達に『やーい排泄物の色〜!』とからかわれたのは良い思い出だ。
……うん、良い思い出。泣いてないもん。
その話は置いておいて、顔の良し悪しはよくわからない。その辺は考えるのをやめよう。
遊の家の話を聞く限り、特にお金持ちというわけでもなさそうだったしな。
じゃあ遊も成績か。こいつ、オレよりちょっと、そう、ほんのちょっと頭が良いし。
毎回オレが間違えるところを当ててくるので少しムカつく。
次はちゃんと微積の凡ミス無くすからな。
副会長さんが黒板にお上品な字で係の一覧を書いていく。
「あれはどう? “雑用係”」
遊に言われてホワイトボードを見る。
最後に書かれた“雑用係”。絶対あれ人数調整のためのやつだろ。
「ああいうのって大体仕事無いよね」
「最後には忘れられてるやつ。吟、あれでいい?」
「うん」
手を挙げたらあっさり決まった。皆さん意欲があって大変素晴らしいことである。雑用係は頂きました。
「あー、じゃあ今日は解散……え? 自己紹介とかやれって? 副会長サンは真面目だなぁ」
一応やるらしい。そこはもう少し頑張ってくれ月夜野センセイ。
自己紹介とか、こういうクラスのモブからしたら苦痛なんだぞ。何言えばいいかわかんないし。
窓側の前から……遊からじゃないか。2番目はオレだし。
遊が言ったことを参考にしてオレも適当に――
「花葉 遊です。よろしくお願いします」
……それだけ!?
嘘だろ遊くん。もう少し話した方がいいでしょ遊くん。
ほら今『え? これだけ?』っていう間があってから拍手が来たよ?
「ちょ、遊、さすがにもうちょっと……」
「おら、次」
「あっはい……」
面倒くさそうにしていた担任様に急かされて、仕方なく立ち上がる。
前の遊は『何かありましたか? 身長小さいですね、吟さん』って顔でこちらを見ている。
身長小さいは余計だ! オレだって平均身長……は届いてないけど! 1センチくらい小さいだけだし!
「あー、紅柿 吟です! 歌うの好きです。よろしくお願いしまーす」
そそくさと席に座る。
最初から2番目だしこんな平凡な挨拶、最後には忘れられてるだろ。
「俺とあんまり変わんない」
「いや、“好きなこと”って情報が付加されただけで大きいだろ」
「それもそうか」
「そうそう。遊も『絵を描くのが好き』って言えばよかったのに」
「それは……」
遊が何かを言い淀む。
そんな遊はさておき、そう、この男、絵が上手いのだ。
オレ達は“腐男子”である。
遊はそんな絵を描くスキルを活かして、男の子同士がイチャコラする漫画をよく描いている。
もちろんえっちなのは描いていないぞ。オレらまだ高校2年生だからな。オレ自身もそういうの苦手だし。
オレはよく話のネタを出したりしている。
絵のレベルは遊に『それ速記文字?』と言われたレベルだ。
後から調べたら速記文字ってなかなか凄いやつじゃないか。だからオレは凄い。
あの絵は速記文字を上手く組み合わせて出来た猫だ。そういうことにしておく。
「去年、絵を描くのが好きって自己紹介で言ったんだ。そしたら、あのカプ描いて、とかいろんな人に迫られた」
「あー……それってやっぱり……」
「大半が生徒会のカプだった」
オレ達は、腐男子のくせに親しく話せる人間がお互いくらいしかいない。
それには理由がある。
そう。3次元のBLが苦手なのだ。
もちろん否定はしないぞ。理解はちゃんとある。
ただなんというか、BLは2次元でしか想像が出来ないのだ。3次元で想像するのは少し抵抗感がある。
この学園にはいろいろな方々のカップリングが蔓延っているわけだが、オレ達はそれに興味を持たないわけだから、必然と少数派の人間になる。
さすがにこのまま友達が少ないというのは、レッツ高校ライフも出来ないというものなので、ちゃんと歩み寄ろうとした。
そこで、2次元に落とし込むなら平気なのでは? という考えに至って、裏で販売されている学園内カプの薄い本を買ったが、本物がチラつくのであまり読めなかった。
ちなみにこの本、購買のプリンが2個買える程の値段である。遊と泣く泣く割り勘で買った。あれは辛かった。
遊が頼まれたのは恐らくそういう案件なので、3次元が苦手な人にとっては描くのは苦である。
「それは賢明な判断だな」
「でしょ。俺が好きなもの描く暇もなかった」
「苦になるのは嫌だよなぁ」
どうやらこそこそ話している間に、自己紹介がもう終わりそうらしい。
最後は……まさかの副会長さんだ。オレらと対極にいるから、これから関わりを持つことは少なそうである。
それにしても、始業式のときといい、こういうあなたに憧れを抱いていますよ感? を超能力か何かで皆さんは出せるらしい。
周りの雰囲気がガラッと変わるもんな。普通の中学校出身のオレにはなかなか取得できなさそうな技だ。
「財前 碧生です。生徒会に所属しており副会長を務めています。生徒会だからといって謙遜せずに、よろしくお願いしますね」
こういった場に慣れていそうな柔和な笑顔。話し方も滑らかで一動作ごとに洗練さを感じられる。たったこれだけの言葉なのに、話を聞こうと言う気にさせられた。
……さすが役職持ちの方である。実家がお金持ちの人が大半らしいし、小さい頃から教育されてるんだろうな。下校するときに、白線の上だけ歩く! 他はマグマ! とかやってないんだろうか。白線が消えかかっててその判定で友達と揉めた記憶が蘇ってくる……
「じゃあご立派な副会長サマの挨拶も終わったとこで、今日は午前までだからこれで終わりだ。お前ら帰れ」
副会長さんが話したことでできたこの空気を断ち切るように、担任の低い声が響いた。午前中だけだと告げられてみんなそそくさと教室から出ていく。この特殊な学園でも、午前中だけという言葉に惹かれるのは変わらないらしい。
オレもとてもウキウキしている。スキップで50m走を7秒台で走れるくらいには。
「午前だけか」
「らしいな。え、カラオケとか行っちゃう?」
「今まで練ってた構想固まってきたから、漫画描く」
「まじか。それならオレも見る」
構想というのはもちろんBLである。
遊の描くBLは1次創作で、キャラの設定から世界観まで練りに練って漫画を描いている。
ちなみにその段階でオレも意見を出したりしているが、遊とは結構好みが合うらしく完成する度にだいたいオレが悶え死ぬ。
自分の欲しいBLが出てくるんだからそれはもう最高だ。こんな絵の上手い友人を持ててよかったな、吟……
今日は遊と自室に籠ることになったので、向かおうと席を立つ。
遊とは部屋が同じだ。二人部屋なのでこれ以上の住人はいない。部屋が同じだったから遊と知り合えたんだよな。気の合うやつが同じ部屋で本当によかったと思う。
こういう学園だから、部屋に人を連れ込んであんなことやこんなことは日常茶飯事らしい。
ただ、家具電気水道防音完備で安心安全なうちの寮では、壁に耳を当てても致している声は聞こえないくらいなので、本当にそういったことがあるかどうかはわからない。わかりたくはないけど。
今夜、部屋来いよ……みたいなお決まりの誘い文句的なものを聞くことがある程度だ。誘うなら自分から行ってほしいものである。同じ部屋の人の気持ちを考えたことないのか! いつまでも受け身だとモテないぞ! いや、モテてるから誘ってるのか? 男しかいないのにモテるって何?
……今は多様性の時代だ。こういうこともある。うん。
「遊?」
遊が帰る準備をし終わるのをくだらないことを考えながら待っていたものの、立ち上がる気配がない。
顔を覗き込むと、深刻そうな顔で何かを考えている様子だった。
「遊、どうした?」
「吟……話がある」
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