10人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
今日から私は。
ぽかぽか陽気の日曜日。なんとも絶好のデート日和だ、と思う。近くを通り過ぎた店員さんが、こちらを見てちょっとだけ首を傾げたようだった。私は気づかないフリをして、目の前に座る彼に声をかける。
「食べないの?」
その言葉に、彼はにっこりと笑う。テーブルの上には、手つかずのチーズケーキが。
「いやー、りっちゃんが食べてるのを見るのが好きだから、観察してた。すっごく可愛いだもん。俺はそれだけでおなかいっぱいになっちゃうし!」
「……もう」
「お、照れた?照れた?」
「やめてってば」
相変わらず彼――龍城は流れるように恥ずかしい言葉を言う。いくら彼女だからっていちいち私のことを褒めすぎなのである、彼は。おかげさまで、甘いイチゴのショートケーキがさらに甘ったるくなってしまうではないか。
私が好きなのはチーズケーキの方で、イチゴのショートケーキは彼が好きなものだった。それを今日交換しているのはつまり、イチゴを食べるりっちゃんが好きだから!と彼が主張したからに他ならない。
今日はお店のケーキだが、家では彼がいつも料理を作ってくれる。ラーメンやチャーハンといったものから、シューマイ、餃子、麻婆豆腐に肉じゃが、茶わん蒸しといったものまで。中華が多いのは単純にお互いが中華好きだからに他ならない。
男の子でも料理をする人は多いが、龍城が料理を本格的に練習し始めたのは私と付き合うようになってからだったと知っている。私が彼よりも遥かに家事能力、特に料理が壊滅的に下手だったからだ。いずれ一緒に住むことになるのだから、少なくとも片方は料理をまともに作れるようにならないと話にならない。そんなわけで、不器用な私にかわって彼が料理を練習し始めたというわけだった。
元々凝り性で器用なタイプの彼は、一年であっという間に上達。私達が同居を始めた現在は、若い主婦が裸足で逃げ出すくらいにはレパートリー豊富に成長したというわけである。
本当は、お店のケーキよりも、彼が家で作ってくれるケーキのほうが好き。尤もそんな彼は、私がバレンタインに不器用ながら見よう見まねで作ったお菓子でさえ“世界で一番美味しいよ!”なんて喜んでくれるお人よしであったが。
「甘いもの食べてると、なんか久しぶりに龍城の料理が食べたくなるなあ……」
私がぼそっと告げると、彼は笑ってまた今度ね、と言う。
「それよりも早くイチゴ食べてよ。俺がなんで料理練習してたと思ってんの。好きな人が、美味しそうにご飯食べるのが最高に幸せだからーって言ったっしょ?」
「もう、わかってますって」
私はあーん、と大袈裟に口を開けて真っ赤な苺を頬張った。甘酸っぱさが、口の中いっぱいに広がる。龍城は最後まで、それを嬉しそうに見つめていた。
人が食べているのを見るだけでお腹が膨れるなんて、本当に変わっているなと思う。結局、彼の目の前のチーズケーキも私が食べることになったのだから。
最初のコメントを投稿しよう!