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「お誕生日おめでとう。……私からじゃなくて、五十嵐君からだけど。彼のデスクに入ってたんだ」
「え」
私に綺麗に包装されたピンクの小箱を渡してきたのである。それには確かに“李緒ちゃんへ”という手紙がくっついていた。私の名前だ。
「本当は明日渡すべきなんだけど、私は明日一日出張だから。……本当は彼が、自分で渡したかっただろうけどね」
「……え」
渡したかったって、どういうこと。何で彼は、机に入れて前から用意していたプレゼントを、私に直接渡しにこないのか。
固まった私に気づいてか。渋井課長は、悲しそうに私を見つめて言ったのだった。
「彼と暮らしていた部屋に、一人で帰りたくないのはわかる。でも、だからって無理に残業して自分を苛めるのは間違っているよ。……五十嵐君だって、それを望んでいるはずだ」
ああ、そうだ。
私は唐突に、夢から醒めたような気になった。スマホを見る。――彼へのメールが、届かなくなったのはいつだったっけ。彼へのLINEメッセージに既読がつかなくなったのはいつだっけ。それから。
一緒にデートをしても、彼がご飯を食べなくなったのは、いつだったっけ。
そう、一か月前に、彼は事故で。
「……なんで」
みんなが気を使ってくれていたのだと知る。友達も、家族も。まだ龍城が傍にいるようにふるまう私をどう思っていたのだろう。それに話を合わせながら、何を感じていたのだろう。辛くなかったはずがない。苦しめなかったはずがない。
わかっている、それが間違っていたことくらいは。それでも。
「なんで、そんな、こと。言うんですか」
夢から醒めなければ。
私はまだ、彼の幻と一緒にいられたのに。
「私は会社の上司である以上に、彼の友人だと思っているからだ。そしてその友人が、世界で一番愛した女性に幸せになって欲しいからだよ」
渋井課長は、しゃがみこんで私に視線をあわせると。私の手に小箱を握らせて、言ったのだった。
「夢は、終わりにしなければいけない。夢を見ながらも人は、結局現実を生きるしかないんだ。……彼が残した“現実”から、目を背けないでほしい。頼む」
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