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変化が起きたのは、私が二十個目の卒業証書を手に入れた頃だった。昔得た知識が思い出せなくなっていることに気が付いた。今までは、得た知識は常に鮮明に思い出せたというのに。それだけではない、妙に疲れやすくなっていた。なんだろうか、最近仕事が忙しくなってきているからその反動だろうか。その時には、そう思うに留まっていた。
だが変化はどんどん続き、私は昔のことがちっとも思い出せなくなっていた。どころか、新たに得たはずの知識も、ろくすっぽ思い出せなくなっていた。一体どうしてしまったのか。これでは大枚をごみに捨てているようなものだ。私は焦っていた。このままでは得た地位を失ってしまう。
私は慌てて老婆の店を訪ねる。走り過ぎたせいか、店に到着する頃には肩で息をしていた。
汗だくで経緯を説明し、どうしてこうなったか尋ねる私に、老婆はひひひ、と笑いながら答える。
「最初に言ったでしょう、使い過ぎには注意が必要と」
「どういう、意味だ」
いつまで経っても息が整わない。一体どうしてしまったのか。その疑問に答えるように、老婆は言葉を続けた。
「貴方が買っていたのは卒業証書。卒業するのには時間が必要です。当たり前のことでしょう?」
「それはどういう――」
そこまで言いかけて、私は気付いた。私が知識を得る為に支払っていたのは、金だけではなかった。つまり、私の――
息も絶え絶えに私はその場に倒れ込む。苦しい。どうにか上を見上げると、そこには老婆が、いや、老婆だったものがいた。
最初に会った頃にはしわくちゃだったはずの顔が、今やまるで十代の乙女のような肌をしていた。ずっとフードに隠れて気付かなかったが、老婆は若返っていた。何故か。
私は首を横に傾ける。床に置いてあった額縁のガラスが反射し、かろうじて私の顔が見える。そこには、醜く老いた、私の顔があった。
「まいどあり――」
女性のその声を最後に、私の意識は途絶える。
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