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『──深雪? 名前、深雪っていうの?』
入学初日、前の席の茶色っぽい頭が、ぱっと振り向いて話しかけてきた。
『僕、夏生まれだから日向っていうんだけど、もしかして君、冬生まれ?』
『……まぁ』
『いい名前だね! どこ中? 僕、いろいろあって中学ほとんど行ってなかったんだけどー』
『そういうこと、開けっぴろげに言っていいのか……』
『うーん。深雪くんってなんだか信頼できる気がする。僕の勘、けっこう当たるんだよね。ずっと病室の窓から人間観察してたからかなー』
『病室って……』
病院の静けさとはほど遠いマシンガントークを聞かされるのが、俺の新しい日常になった。
体育の授業や学校自体をよく休んだり、休日に遊んではしゃぎすぎると辛そうにしたり。
それでも日向はいつも明るくて、俺のほうが心配性になるくらいだった。
「──はじめて話したときのこと、覚えてる?」
同じことを思い出していたのだろう。波打ち際を並んで歩きながら、日向はなつかしそうに水平線を眺める目を細めた。
「お前に爆弾カミングアウトされた」
「あはは、ごめんよ。深雪くんなら背負ってくれそうな気がしたんだよー」
「……いい。お前がひとりで背負って苦しむよりマシだよ」
普段なら恥ずかしくて言えないこともさらりと言えた。
そう。最後の夏かもしれないんだ。
日向は不思議そうに俺を見て、それから黙って砂浜に視線を落とした。なんて返したらいいか、わからなかったのかもしれない。
空は高くて真っ青。どこまでも広がる海も真っ青。
降り注ぐ陽射しは白シャツの内側を火照らせて、頬に垂れた汗をぬるい風が横に流していく。
波の音だけが、ざざん、ざざんと打ち寄せた。革靴で砂を踏みしめるたび、心がわずかに軋む音がする。
この夏が終われば、ずっと隣にいたひとが、ひとりで苦しむことになる。マシンガントークも授業中の落書きも放課後の買い食いもできない静かな病室で、海の見えない病室で、独り苦しむことになる──。
「お前に隠してたことあるんだけど」
覚悟を決めてそう口にすると、日向は戸惑った。
おそるおそる、「実は僕が大嫌いだった、とかじゃない?」と覗き込んでくる。
首を横に振る。夏の空気を吸い込む。あたたかいはずなのに、胸をきゅっと締めつけてくる。
「──俺さ。ひとの顔に、モザイクがかかって見えるんだ」
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