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ガサガサ、玄関先で奇妙な音を聞きつけたのは、その家の長女だった。夜遅くリビングで勉強していたからだろう、些細な音も聞き逃さない。なんだろう?彼女はペンを置き壁に掛かった時計を見る。深夜二時と少し、一体こんな時間に野良猫だろうか。
彼女は教科書を開いて再びペンを握る。
からん、缶を蹴るような音。彼女は(そう言えばうちの玄関にガサガサなるようなもんあったかな)と不審に思う。
「…早く寝ようかな」と一人呟いて音をたてぬよう教材を纏めて両腕に抱えた。部屋を出て廊下に出る。ぼうっと浮き上がった道の先に玄関が見えた。自室は玄関のすぐ近くの階段を登らなければたどり着けない。
何だか怖い、彼女は玄関先から何か不吉な物が廊下を這ってこちらに来るのではないか、という想像を働かせる。馬鹿なことを考えぬようつま先立ちで階段まで辿り着けば、また背後からガサガサと音が聞こえるのだ。
(…これはただの猫、それかお母さんが何か置きっぱなしにしてたかも)
恐怖はその正体が分からないから恐怖なのだ、彼女は勇敢にもその正体を確かめることにした。
異常があっては大変だ。扉を開けて見るだけ、…どうせ見えるのは道路の先のお向かいさんちの家の門だ。何も無くて猫がひと鳴きする、そうして安心して眠れるはずだ。
大丈夫と自分に言い聞かせ彼女は扉を開ける。ただ自身の不安を解消したかっただけだ。
扉を開けた彼女は直ぐに正面の門袖に横たわる青い物体に気がついた。それは人の大きさほどのもの。
(…なに?)
スリッパを履いて、引き寄せられるように彼女は一歩踏み出す。また一歩、そしてまた一歩。そこに何があるのか認識できるようになるまでその足は進む。
月明かりに照らされたそれをリンドウの花が囲んだ。花弁が全てその物体に向くように、一輪一輪丁寧に置いたのだろう。彼女はそのうちの一つを手に取り、目の前の包まれた物体に視線をやる。
ブルーシートは麻紐でグルグル巻になって、ピクリともしない。しかし形は明らかに人なのだ。
「…」
そしてリボン結びされた麻紐を彼女の指先はゆっくりと解いた。
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