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「神様を呼べ!」
静寂を切り裂く叫び声が響く。
一面真っ白な世界。
受付を待つ人々が静かに列を作っている。
そこへ警備係に腕を掴まれながらも、強引に受付に近づこうとする者がいる。
「無礼者。神様はここにはいらっしゃらぬ。」
受付係が言う。
「なんでだよ!なんで俺だけ死ななきゃいけないんだよ。不公平じゃないか!俺よりあいつの方が悪いこと沢山してきたじゃねーか。なんで、俺だけが死ぬんだよ!!神様を呼べよ!!」
血走った目で、悲鳴にも近い声で叫んだ。
その時、受付係と男の間にすっと何かが現れた。
「私を呼んだのはそなたか?」
その姿を見た男は、狼狽えながら言った。
「か、か、母さん?なんで?」
男は一瞬怯んだが、
「母さんが神様?俺、神様の子なの?なら、なんでさ。なんで、俺だけが死ぬわけ?なんで、あいつは来ていないわけ?あいつの方が俺よりずっと悪いことしてきたじゃないか。俺、まだ死にたくないよ。母さん、助けてよ。母さんだって、死んでほしくないだろ?だったら、俺を元の世界に戻してよ。」
神の膝に縋りつき懇願した。
「それは出来ぬ。人の死を操作する事は出来ぬ。」
神は、静かに言った。それを聞いた男はうなだれ、
「なんでだよ。なんでなんだよ。俺、まだやりたい事がたくさんあったんだよ。」
と言って、拳で自らの太腿を何度も叩いた。
神は、男の拳を自らの手で受け止め言った。
「ただ、そなたは、本来、ここにはこれぬはずであった。そなたは、長年、人を騙し、その金で自らの欲望を満たしてきた。それは、許されざる事である。しかし、そなたは、そなたの最期の行いによりここに来られたのだ。覚えておらぬか?」
男は黙り込み考えた。そして、何かを思い出した。
「猫だ。俺、道の真ん中に子猫がいて、それを避けようとして事故を起こしたんだった。母さん!あの子猫は大丈夫なのか?」
男は神に尋ねた。神は男の額に手を当てた。
男は黙って目を閉じる。そして、しばらくすると、男の閉じた目から涙が流れた。
「よかった。俺、あの子猫をひかなかったんだ。無事に飼い主の元に戻れたんだな。」
そう言って大きく息を吐いた。
そして、神を見て、聞いた。
「子猫を助けたから、俺は天国に?」
神は頷き、
「そなたは、自らの命と引き換えに、子猫を救った。子猫の命を犠牲にし、自らの身を守る事もできたであろう。しかし、そなたは子猫の命を守った。そなたが犯してきた罪が消えるわけではない。しかし、それはここで償うがよい。」
そして、再度、男の額に手を当てた。
男は再び目を閉じた。そして、再び目を開き、
「母さん、あいつは…。」
神は静かに言った。
「あやつは、あのまま生きる事も死ぬ事もできぬ。そなたは、それでも、あやつの方がよかったと思うか?」
男はすっかり静かになり、
「今はまだわからない。生き返れないなら、もうどうでもいい。」
そう言ってうなだれた。
そんな男に神は言った。
「そう悪い事ばかりでもない。そなたをそなたの祖父母が迎えに来ておる。まずは、列に並んで手続きを済ませるがよい。」
男はうなだれたまま、力無く立ち上がり、列に並んだ。
その一部始終をみていた受付係は、神に聞いた。
「神様は、あの者の母親なのでしょうか。」
神は微笑み言った。
「そなたは…新しく入った者だな。まだ知らぬのだな。よかろう。教えよう。私は決まった姿を持たぬのだ。私の姿は、その者が恐れている者であり、尊敬する者であり、会いたい者であり、時には理想の者である。その者の心によって私の姿は変わる。」
受付係は深く頷いた。
神様に会った者達の反応を思い出していた。
あの者の恐れている者、もしくは会いたい者は、母親だったという事か。
今は、おとなしく列の最後尾に並んでいる。
突然この世に来た者は、パニックを起こしている事が往々にしてある。
憤り、悲しみ、憎しみ、不安、様々な感情に支配されている。
だから、自らの近しい人物に会い、話をする事で、平静を取り戻す。
そして、いずれ穏やかな気持ちで過ごすことが出来るようになる。
神による救いなのだろう。
ここは天国の入り口。
現世への未練を断ち切る場所である。
神は、慈悲深く寛容で、死を受け入れられない者を優しく誘う。
受付係は静かに思う。
死者の魂が安らかであるように。
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