第二ボタンは、燃えるごみじゃないから

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 見られた。  耳が熱くなる。  でも大丈夫、耳は髪で隠れる。先輩にはばれない。  焦りを悟らせないように、ゆっくりと言葉を押し出す。 「先輩こそ何してるんです? 今から打ち上げでしょう?」  この学校名物、卒業式終わりの打ち上げがあるはずだ。  学校の近所に、お好み焼き屋がある。そこの店主が、昔この学校で教師をしていたようで、その縁のために、毎年この日は卒業生が集まってお好み焼きをつつくのだ。  二階の教室の窓からは、お好み焼き屋に続々と吸い込まれていく卒業生の姿が見えていた。素晴らしい吸引力だが、店の容量は多くないため、入れ替わり立ち替わりになっているのも分かる。  先輩は、苦笑して頭をかいた。 「やー、忘れ物してさ」 「またですか」 「そう、また。さすがに今日はやばいよな。この教室、来るのも最後なんだからさ」  ははっと笑いながら、後方にできた机の森に踏み入る。どうにか自分の机までたどり着いて、中に手を突っ込み、ごそごそと。  先輩の学ラン、その胸ポケットに花がさしてある。本物じゃない。つくりもの。安全ピンに造花と、「卒業おめでとう」の書かれたリボンがつけられている。それを、私はぼんやり眺める。  おめでとう。おめでとう――。 「で、お前は何やってんの?」 「……空気を、吸い込んでいました」 「空気?」 「はい。卒業式の」 「お前にはまだ早いよ。来年いっぱい吸い込みな」  先輩は目当てのものを見つけたらしい。探り当てたのは、なんてことない普通のボールペンだった。  私は二年。先輩は三年。今日、先輩は卒業する。  この教室に、もう先輩が来ることはない。  おーい、と外から先輩を呼ぶ声がした。窓からちらりと見れば、こちらを見上げて手を振っている卒業生がいる。早く行くぞー、と急かす声。 「おー、すぐ行く! わり、もう行くわ」  前半は外の卒業生に、後半は私に。 「はい」 「じゃ」  背中を向ける先輩。  先輩の学ラン姿、もう見れない。  この校舎から、先輩がいなくなる。  言わなきゃ。  まだ、言えてない。 「先輩」 「んー?」  言え。言うんだ、私。  息を吸い込む。 「卒業――、しないでください」  ああ。  空気の吸い込みが足りなかったみたいだ。
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