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「ダイニングバーでカオルちゃんを見たことがある」
「うん」
…ポリッ…
音を立てるのが何だか悪いような気がして、口を閉じて奥歯で遠慮がちにカシューナッツを噛んだ。
「最初がいつだったかはわからない」
「うん」
「同じ場所で見かける人は何人かいるものだと思う」
「うん」
「何となく‘ここで見かける人だな’って認識する程度で、互いにそれ以上でも以下でもなく過ごすのが普通だと思う…でも…ある時、聞いたんだ」
「…何を?」
「カオルちゃんがオーナーやおばさんに、自分が別れた彼のことを悪く言うことなく、ちゃんと一人の人としていい部分にスポットを浴びせるように肯定的な言葉を連ねるのを」
「うーん、いつだろうね…何度かそういう話をしたことがあると思う」
「1年ほど前だったよ」
「…そっか…」
「俺は別れた男の事を感情的に詰る女の子に会ったことはあるし、男女が反対になっても同じ。‘別れた’という事実で自分が否定されたかのように感じて、昨日まで好きだと思っていた相手のことを見事にぶったぎって自分が正義だと周りに伝える」
「あるね」
「だろ?だからカオルちゃんの言葉はとても新鮮で美しく俺に響いてきた。名前で見られることの多かった俺は‘自身’を見てくれる人を求めていたのかもしれない…人間性が素敵な人だなと思って、いいなって思ってた」
じゃあ…うちに来るって話はガクトがそう仕向けたの?と思ったけれど、何だか重要なことではないと思えてくる。
「あの日…ガクトに出会えて良かったよ、私。ありがとう」
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