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01 失敗
私が生まれてすぐに、暴力的な父に嫌気をした母は離婚し、女で一つで育ててくれた。
けれど、田舎だった事で周りの人達は離婚した母に否があったのじゃないかと、責め立て…母は、直ぐに引っ越しを強いられた。
行く先々で、母子家庭と言うだけで私は学校にあるグループに入れず、クラスの除け者にされ、
母は、時々来る市役所の男性が、端から見れば゙ 愛人 ゙と思われたらしく、変な噂が跡を絶たなかった。
゙ あそこの家は、また別の男を連れ込んで ゙
゙ 若いとホント…見境がないわね ゙
母はそれに否定をしなかった。
否定をしたところで、元々私達家族を信じる人なんていないから、言ったところで意味ないと…。
母は逃げるように、新しい土地へと引っ越した。
引っ越す度に制服を買えるわけもなく、それによって都会の人達は貧乏人だと蔑み、笑って、貧乏だと知ってるのに物を無くしたり壊したりとイジメを繰り返した。
いつも制服や荷物がボロボロになって帰ってくる私に、母は決まっで ごめんね……私が全部、悪いの… ゙と言って泣いていた。
次第に母は心を病み、私が高校生に上がる頃、
梅雨の雨の日に帰ってこなくって、不安になって家に一人で待っていれば、警察官の人達がやって来た。
嫌な予感と共に告げられた言葉に、泣き崩れたのをよく覚えてる。
゙ 貴女のお母さん……。川に飛び降り、亡くなったんだ ゙
何故、私だけを置いていくのかと母を恨んだ。
いっそのこと、一緒に死んでくれたら良かったのに…
そう思うぐらいに、学校では自殺者の子供だと言われ続け、声すら掛けなかった人達が
゙ 可哀想 ゙と言い始め、哀れむ目を向けてくる。
直ぐに、未成年だった私の身元引受人となったのは、顔も覚えてない父親だった。
゙ あのクソ女の子供も、愛想も無くクソだな。まぁ…ちょっとした遊び相手にはなるか ゙
゙ やだ、止めて… ゙
゙ 否定すんなよ。誰のお陰で飯が食えて寝床があると思ってんだ。黙って、股開けや ゙
母が言ってた通りに、暴力的な人だった。
ちょっとでも否定すれば殴り、泣いても無理矢理身体を求めて、血の繋がった娘だと言うのに避妊をすることもなく、中出しを続けた。
バイトで得た僅かなお金で、ピルを買って飲んでいたけれど…
婦人科に通ってることを父にバレ、男は誰だと追求されて怒られ、教師には年上の男性と付き合ってると思われ退学。
母が一生懸命に働いて、そのお陰で通う事が出来始めた高校も…
僅か三ヶ月で辞めることになったなんて…
母にどんな顔を向ければいいのか分からない。
辞めてからは、バイトをしていたけど…
頻繁に人間関係で問題になるから、永くは続かずに半年程度で辞めて、転々としていた。
バイト代はほぼすべて父親に取られていたけど…。
そんな、暴力的な父親も…
浴びるように酒を飲み、好き勝手ふらついたせいで、暴力団の男に絡んだらしく、気を逆立てかは知らないけど…
撲殺され、つい半月…此の世を去った。
「 家族もいない…生きる価値もない……。なら、もう…死んでもいいよね…… 」
20歳までよく頑張ったと褒めて欲しいぐらい。
「 人生失敗した…。やり直せるなら、普通の家庭がいいな… 」
両親はいなくてもいい、片割れだけでもいいから…
幸せな家庭に生まれて暮らして、青春ってやつを知りたかったと思う。
それだけでいい、その小さな幸せだけが欲しいと願い…
父と過ごした、この真っ白なマンションの屋上に立ち、膝丈の淡い水色のスカートを揺らし、目線の先にある街を見る。
街も楽しくなかったな…
お金がなかったから外食なんて行ったこと無いし、同い年が好きそうなファッションもゲームセンターも知らない。
なにも経験しないまま、人生やり直す為に死ぬんだ…と思えば、怖いものなんてなにもなかった。
背にある手摺りに手を掛け、前へと踏み出す為に目を閉じる。
「 お母さん…直ぐに、そっちにいくね…… 」
あの時、一緒に連れて行って欲しかった…
そう何度も思うぐらいに辛かった。
特に父親と呼べるかも分からない、あの男の側で暮らすのは…。
だから死んでせいせいするけど、お金は何も残ってないから生活は出来ない。
もう何も出来ないんだと思うと、死ぬしか無い。
追いかけてごめんね…
そう、心の中で呟いていれば、背後に歩いてくる密かな足音と声が聞こえてきた。
「 人様の私有地で、自殺しないでくれないか?迷惑にも程がある 」
「 っ…… 」
声に閉じていた瞼を開き、ゆっくりと顔だけ向けて振り向けば、其処には黒いスーツに身を包み、左手に煙草を持っていた三十代ぐらいの黒髪の男性が立っていた。
スラッとした体型で、高身長にも見えるけど、目つき悪いし若いヤ○ザの人かと思うぐらいに怖い。
「 なんで…… 」
「 御前の汚い死体の後始末、誰がすると思ってんだ。それにその死体を見たこのマンションの住民は、永遠と覚えてなきゃいけない。それともなんだ、御前は死体を見せたいのか? 」
「 そんな、つもり…ない… 」
「 じゃ、なんでこんな目立つ場所で死のうとしてんだ。人の所有地って言ってんだろ。御前の場所じゃない 」
背後から聞こえるマシンガンのような言葉が胸を撃ち抜く。
確かにそうだ…此処は、私の私有地でも無ければ、私を知らない赤の他人が沢山住んでる場所。
曰く付きのマンションなんて、その管理人さんは価値が下がって迷惑かも知れない。
「 じゃ、山にでも行って死ねばいい!? 」
「 山には、山の所有主や管理者がいる。それに白骨死体が見つかれば事件性を疑って警察が捜査を始めるから、動力と税金の無駄 」
「 っ…川や海なら文句ない!? 」
「 水で膨れた水死体の処理を、他人にさせるのか 」
「 貴方って…なんで、そんな酷い事を言うの!? 」
背後から告げられた言葉に涙は溢れ、身を向けて向き合えば、男は持っていた煙草を吸い紫煙を横へと吐き出しては、黒髪を右手で掻き上げる。
「 面倒くせぇ…。事実を言ったまでだろうが、此処は俺が管理してるマンションの一つで、俺の所有物だ。其処に自殺者なんて出た…
なんて言われたくないし、レッテルを貼られたくないだけだ。どうせ、後々の事を何一つ考えてない、無責任に現実から逃げようとしてるだけだろう 」
「 逃げたっていいじゃん……。もう、私の人生…失敗したの!なにもかも失敗して…母は自殺して…父も死んで…仕事もなくて…行く先もない 」
「 嗚呼…三年分の家賃滞納してんの、御前か。尚更死ぬな、払って死ね。御前の言い訳なんて知らねぇんだよ。此方は家賃払ってない奴がいるからと態々ここまで来たんだ 」
あの人が払ってるとは思えなかった…
月々五万の家賃を払えるぐらいの収入は私達には無かった。
だから、その五万円分がどこに消えるか疑問だったけど…
ここの大家さん…彼は、三年間も永い間、目を閉じてくれてたんだ。
本当に無責任に全てを放棄して逃げようとしてたんだと思うと、涙は溢れ出てその場で座り込む。
「 じゃ、どう…したら…いいの……うぁ、ああぁっ……!! 」
「 はぁー…… 」
また面倒くせぇと吐き捨てられると思った、けれど彼は近付いてきて、手摺りを持つ手首に触れ、強く握れば自らの方に引き寄せてきた。
「 三年分、約百八十万…利子付きで二百万ぐらいか。俺の元にいて返せ、それで全て許してやる 」
必死に働ければ払える程、その金額に少しだけ希望が見えたけど…
また、男の人の元にいなきゃいけないって事が不安だし、嫌で仕方ない……。
けど、この人は……
私の自殺を止めた人でもあった。
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