暁を待つ間に

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看板? 細長いトタン板には「レンタル自転車返却場所」と書かれている。周りを見渡しても返却場所らしきものもそれにふさわしい場所も見当たらない。僕は看板に聞いてみた。 「どこからきたの?」 看板は震えながら『もっと北の方でございます。もっともっと明るい場所でございます。もっともっと、もっともっと人間がいた場所でございます』と答えた。このまま言わせておくともっとが三十乗くらいになりそうだ。僕は「もうおやすみ」と声を掛けた。 再び静寂が戻った。いや、静寂ではないか。海は未だざざ、ぱしゃんと音を立てているのだから。 防波堤を歩いていると脇に積まれた岩場にもじゃもじゃとモザイク状のものが打ち上げられている。網かと思ったけれどよく見たら鉄条網だ。よく見るとフェンスみたいなものもある。 隣の国から流れ着いたのか?いやそれなら錆びるか海に沈むかしているな。ということは進入禁止の場所から流れてきたのか。そうだった。日本の海岸線には沢山の発電所が作られたんだったな。だから爆撃対象にされたんだっけ。 誰かに呼ばれた気がして防波堤から引き返して土手に向かうと、小さな白い花々があちこちで僕に手を降ってきた。水仙だ。 『ようこそいらっしゃいました。どうぞごゆっくり』 僕は軽く会釈して彼女たちに祝福の光を送った。よく見ると土手の向こうのあちこちでも僕に手を降っている。多分ここに人々が住んでいたときより十倍以上は咲いているんじゃないだろうか。 不意に白いものが目の前を落ちていった。手のひらに雪のかけらが静かに乗る。 ひとひら、ふたひら。息を吹き掛けると手のひらに乗った雪は溶けることなく地面に舞い降りていく。 僕は更に道を進んでいく。 こうやって歩いていてもやっぱり心臓を持つものには遭遇しない。
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