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歩いて歩いて、とうとう道が切れた。この先は土砂崩れで歩いては行けそうにない。枯れかけた松の木の根元に祠がある。中を覗くと小さな傘を被った地蔵尊が傾いてしまった頭をどうにか保ちながら座っている。僕を見ると彼はにっこり笑った。
「大丈夫かい?」
『まあなんとか。それより頼みがある。』
「なんだい?」
地蔵尊の頼みとあっては断れない。
『私を割ってくれ。泣いている子供たちに分けてあげて欲しいのだ』
僕は頷いて地蔵尊に手を翳した。石はボロボロと細かく砕けて白や黄色、ピンクや青のとんがり粒に変わった。
「これは?」
『それは金平糖。子供たちの喜ぶ砂糖菓子。子供たちのひずかし』
水仙たちがそれぞれに僕に囁いた。
僕が金平糖に手を翳すと、それらはふわりふわりと雪の舞う暗い空の中をくるくるころころ散らばっていく。
子供たちのところに早く行きたいとばかりに、ひずかしたちはくるくるころころと高く高く昇っていく。
赤黒かった雲が白み始めた。
金平糖がきらきらと光りながら空気に溶け、死んでいった子供たちのための甘露に変わる。
あの日、人間どもが馬鹿なことをやらかしたばっかりに世界中に溢れていた生物は尽く死んでいった。生き残ったものも、その後に続いた地震や津波で地中に海にと飲まれていった。僅かに残ったものたちも食糧不足や極度の気温変化に耐えきれずこの世界から消え去った。そう、ゴキブリさえも地球から消えてしまった。今生き残っているものは心臓を持たず過酷な環境でも耐えることのできる植物たちだけ。だがやがて彼らも淘汰される日が来る。もういくばくもしないうちに地表は氷に覆われ長い眠りにつくのだ、僕とともに。
風が吹いてきた。雲が東に流れていく。
雲の割れた隙間から暁の赤、そして金色の光が、海を僕らを照らし始める。
「さて。僕もそろそろ眠ろうかな。」
『お礼に私の傘を上げるよ』
「それはどうも。」
祠の中に残っているのは地蔵尊の小さな傘だけ。僕はその傘を手に水仙達の間にゴロンと転がった。
「じゃあ、ここで一休みさせてもらうね。」
『どうぞどうぞ。おやすみなさい。何年でも何十年でも何百年でも何千年でも』
彼女たちもどこかで止めてやらないと軽く三百乗くらい言いそうだな。
傘を顔に載せて目を瞑る。少しは眩しさが和らいだ気がする。
それじゃおやすみなさい。僕は眠るよ。
何年か何十年か何百年か何千年か。
地球が新しい世界を迎えるその日まで。
完
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