23/25
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/64ページ
「どん、どん。初めは何かと思った。みんな、空を見てた。わたし、また空を見たよ。そしたら、空に花が咲いてた。ピンクだったね、一瞬で消える。だけど、また咲く。わたしは、ぽかんと見てた。痛いの忘れてたね。どん、どん、どん、どん。わたし、夢中だった。あんなに綺麗なものはじめて見たね。電気違うよ、炎も違うね。空に、丸い光があって、消えて、また光る」 「それが、救済ですか?」 「そう。ただの花火よ。わたしは、それを見たからってニビョウから外れるわけじゃない。お腹減ったのも痛いのもなくならない、変わらないよ。でも、見てる間は全部忘れたね。辛いの、悲しいの、痛いの、忘れたね。それって、救いよ。わたし、誰がやったのか気になったよ。もう一回見たかったね。そして、あの店にたどり着いた。初めは、お店入れなかったね。そうよ、わたしみすぼらしいね、どう見てもニビョウだよ。でも、クルミさんはお店に招いてくれたね。そして、わたしの話聞いてくれた。わたし、その頃、言葉もあまりなかったよ。でも、聞いてくれた」  そうしてクルミはアゲハに花火大会のことを教えた。手伝う気があるのなら、実行委員として動かないかと仕事を持ちかけた。アゲハはそこから今の位置を手にした。おとぎ話みたいな話。  風が吹いた。アゲハの後れ毛がふわっと舞い上がる。歩道にはオール明けって感じのグループがいた。タバコをくわえながら、ぼんやりと空を見上げている。無言になってしまうと、アゲハがぎゅっと後ろから抱きついてきた。そのまま頭を撫でられる。 「チビはチビだけど。かわいいね」  どんな意味なのか、おれはわからなかった。でも、ただ一ついえることがある。もうそろそろ予想がつく台詞だろうけど。  おっぱいが柔らかかった。  初対面の人間を招待するには合わない汚いおれの部屋。  アゲハはちょこんとベッドに座っている。おれは窓を全開にした。早朝の空気は冷え込んでいる。だけど、開け放った窓からの空気は心地いい。遠くで響くエンジン音が空に吸い込まれていく。 「まず、この事件について詳しく聞かせてもらいませんか?」  アゲハはベッドのそばに転がった小説を開いて、ゴキブリでも見たような顔をして閉じている。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!