わたしを呼べ

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「わたしを呼べ!」 いつか言いたいと思っていた。 わたしの目の前を右往左往と走り回る人々に。 わたしを呼べ。 呼んだら何か変わるかはわからないけど、いつもそう思ってた。それはね、これはね、わたしの言葉はいつも深海に沈んでいて、貝の中で静かに息をしている真珠のように、沈んだ船で眠る宝箱の宝のように、ひっそりと、そこでキラキラと輝いているかもしれない。と、密かに思っていた。目の前を行き交う人々、眠る宝石のような声に、起きてよと揺さぶるように疼く指先は、ペンを握るかキーボードのキーを叩いていた。 「あいつを呼べ!」 そんか怒号が聞こえる。ひっ迫しているらしい。 「あの人を呼んで」 甘い声が聞こえる。お気に入りの人がいるらしい。 「彼を呼んで」 少し強い声。彼はきっとお尻にひかれている。 「彼女を呼べ」 優しい声で彼女を呼ぶ声。彼女はきっと特別な人。 目の前で起こっている出来事に、ほんの少し空想をしながら、目の前の空間を埋めていく。 あいつが喝采を浴びている。ヒーローとなったようだ。 あの人が困り顔で難題に応えている。喜んでいるのか困っているのか、2パターンで空想を楽しむ。 彼は、やれやれした顔でやってきたものの、やっぱり尻に敷かれていた。 彼女は、彼の声と同じような優しい表情で彼に近づいて、何かを差し出した。甘いもの、苦いもの、渋いもの、後に稲妻のように彼女を呼ぶこともある。 目の前で起こる出来事に、指が弾き出す言葉の数々が、物語の続きへと導くのに、空想は空想のままそこに止まっている。 ガチャポンのボールの中に詰め込んで、わたし空想ガチャポンを作って、わたしの席の前に置いてみたい。誰がどれを射止めるのか、ねぇ引いてみて。 なんて空想までしてしまう。 「あいつを呼べ!」 今日もまた、そんな声が聞こえる。
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