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「待て、人質なら俺が代わる。女に酷な役目は任せられない」
鬼頭が杖を突き、大きく一歩踏み出す。
斉藤は顔を歪めた。
この男、余計なことを。
こういう男は英雄を気取って男らしさを誇示しようとする。
一番厄介な存在だ。
彼女の反応を見て鬼頭は口角を上げた。
気に食わない顔だな。
やはりそうだ、この女は潜入捜査官。
下野は商品棚からこっそり顔を出し、鬼頭を伺い見た。
人質を代わるだって? あの男が?
あり得ない、あいつはそんな立派な人間じゃないはずだ。
鬼頭力也は、鬼頭組の組長で、人の借金を膨らませて自滅させたり、女をソープに沈めたり、そういう男だと聞いたぞ。
総長の決めた薬物ご法度の掟を破り、新種を出回らせてる噂もある。
そんなクズ野郎のはずだ。
そうでなけりゃ俺だって、こんな役引き受けてない。
下野は革ジャケットの懐に手を入れた。
内ポケットには無機物の冷たい感触がある。
緊迫した沈黙を破ったのは斉藤のスマホだった。
ヴーッと振動するスマホを見下ろし、彼女は電話に出た。
「もしもし……後藤マナさんが見つかった?」
後藤は目を見開き、土佐はほっと胸を撫で下ろす。
「そう……なるほど、そう……」と相槌を打つ斉藤を、一同が見守る。
下野のスマホにも返信がきた。
『何があっても大義を忘れるな』
下野はスマホを握りしめた。
そうだ、やはり鬼頭力也は始末しなきゃいけない。
卑劣なやり方でシマを横取りされ、失墜したオジキの仇。
アニキが向こうの組員を買収し、側近の男は始末した。
顔の知られていない下っ端の俺が、唯一警戒されず近づける。
俺はオジキらを救う救世主。選ばれし男。
懐の冷たい感触を、今度はしっかり握った。
アニキから託された拳銃だ。
ここで鬼頭を殺し、刑務所で十数年過ごす。
出所すれば俺はアニキの右腕。地位は約束されている。
俺たちの、いや……俺の時代がやってくる。
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