第一話 変化

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第一話 変化

「ん、…?」  何だか心の中が暖かくなって、目が覚めた。朱色とも黄色とも呼べない光が窓から差し込む。白色のカーテンは風にあおられて、ゆらゆらと揺れた。俺はその窓のある壁際のシングルベッドの上で、布団を完全に被らずに寝ていた。  今、なんだか夢をみていた気がする──そう考えながら、しばらくぼんやりと天井を眺めていた。が、はっと我に返って起き上がると、掛け時計を確認した。…良かった、まだ7時にはなっていないらしい。俺はいつも六時半くらいに起きて、そこから朝ご飯を食べて、学校へ行く身支度をする。だいたい俺は七時半頃に家を出るので、七時に起きては準備に余裕を持てないのだ。だから俺はせめて七時までには起きないといけないのである。  俺はベッドから降りると、簡単な身支度の確認だけして、寝間着のまま一階のリビングまで向かった。毎朝俺のお父さんはリビングで俺の分の朝ご飯を用意して待っているのだ。どんな時でもその習慣が崩れたことはない。俺は自分の昼食のためにと少しだけ速く廊下を駆けた。靴下でも履いておけば良かったな。  リビングの扉はいつも通り開いており、中からほんのりと甘いバターの匂いが漂ってきた。今日はトーストの日かな、とわくわくしながら部屋に入った。部屋の真ん中にはいつもの大きめのテーブルと椅子が二つあり、その椅子の一つにはお父さんがテーブルに肘をつきながら座っている。テーブルの上にはほかほかと少量の白い湯気を浮かばせたトーストが二つ、そして空のコップが二つあった。俺が入り口付近にいることに気がついたお父さんはこちらを見る。そして自然に目が合って、お父さんは俺に微笑みかけた。 「おはよう、ハル。」  優しい笑み、穏やかな表情。俺はこの時に心から安心感に包まれるのだ。 「おはよー」  意図的にちょっとだけ素っ気なく言って、俺は自分の椅子に座り込んだ。そして真っ先に視界に入るトースト。俺は食事という行為が大好きでたまらない。 「紅茶と牛乳、どっちが良い?」 「紅茶。」 「はーい」  お父さんは俺の返答を聞くと、机に置いてあった空の二つのコップを持ち上げ、近くのカウンターに置く。あらかじめ沸かしておいていたのか、紅茶のポットをコップに注ぐと、再び机にそれらを戻した。  俺はお父さんから紅茶を受け取ると、コップの端に口をつけた。紅茶の暖かくて甘い香りがする。俺はそのまま紅茶を喉に流し込んだ。  紅茶が喉に優しくて、温かい。俺はそのままトーストの端を少しだけかじる。サク、という音と共に、口の中にパンの深い甘みとバターがほんのりと浸透している味が、口の中で溶け合う。そして胸が破裂しそうなほどの美味を俺に与えた。  俺のお父さんは天才だ。こう、息子が親を褒め称えるのはこそばい感じがするのだが、それでも俺はお父さんが大好きである。俺のお父さんが作った料理は何であれ、ものすごく美味しいのだ。おそらく、この世界でお父さんより料理が上手な人はいないと思う。そう確信できるほどの腕前だ。  パクパクと食べていけば、あっという間にトーストはなくなってしまう。このトースト、市販じゃないな…なんて俺にとってはもう当たり前のことを考えながら、俺は紅茶を飲み干して、席を立った。 「ごちそうさまー」  俺は空の皿やコップを持って、台所まで行った。そして流し台に張っている水にそれらを沈ませる。 「ハル、急ごうか。時間がいつもより遅れているよ。」  後ろからお父さんに声をかけられて、わかっていると言う代わりに小さく頷いた。俺は手を洗うとそのまま洗面所の方へと小走りで向かおうとする。  リビングから出ようとした時だった。俺は今朝に見た夢のことをぼんやりと思い出した。  はっとなって、振り返ってみる。夢でみた彼は、きっと、俺のお父さんだったんだ。深くて優しい黒髪、そして暖かな黒い瞳。お父さんをぼんやりと見ていると目が合った。お父さんは優しく微笑みかける。 「どうしたんだ?」  首を微かに傾けると、真ん中で分けた長い前髪が揺れる。その様子が非常に穏やかだ。黒い瞳の向こうは夢が詰まった宇宙が潜む。その様子はとても奥ゆかしくて美しい。 「今日の夢を思い出してた。」 「へぇ。」  お父さんは興味深そうに目を細める。俺の心の内を探っているのだろうか。それとも、俺を試しているのだろうか。俺はふんわりと思い出しかけの夢を探ってみる。だけど今思い出したことは、お父さんが夢に出てきたという事実だけであり、その他のことは何も思い出せなかった。 「俺、顔洗ってくる。」  それだけ告げると、パタリと扉を閉めた。
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