第一話 変化

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 学校に着くと、既に多くの学生たちで溢れかえっていた。道を強引に押し進んでいると、目の前の上級生がこちら側を振り向いて、舌打ちした。  俺が自教室に入る頃には教室は騒がしかった。席に荷物を置いて時計を見ると、朝礼の2分前であった。…あっぶねぇ。俺は内心ひやりとする。 「ハル、お前今日珍しく遅かったじゃねぇか。」  右隣の席の茶髪ロングが話しかけてくる。上機嫌で、彼の口角はいつもより上がっていた。 「寝坊しただけだっつーの」  俺は口を尖らせてぼさっと呟いた後、なんとなくこの状況が面白くて、静かに笑った。 「なんだよ、レイ。お前ニヤニヤしがって。気持ち悪いぞ?」  俺はレイ・ウォルトという名前のこの同級生に突っかかる。レイは思いっきり校則違反した銀色のピアスを見せびらかしながら、俺の頭を軽く小突いてきた。 「いてっ」 「今日の二限から校外学習があるのに、こんなに遅く来るなんて考えられねぇ。だってあの、ローラド学園の同級生と一緒なのによ。」  レイはうっとりした様子でどことなく見つめた。俺はそんなレイを見て軽く舌打ちする。 「お前マジでキモイ」  泥を吐くように呟くと、俺の左隣の席にいるダニエルから水を差される。 「ハルふざけんなよ。お前、噂のヤマト様だぞ? 楽しみになって当然だろうが。」  ダニエルは前髪を揺らしながら、まるで何かの信仰宗教の信徒のように手を合わせて、薄く微笑んだ。 「ヤマト様にもしかしたら会えるもかもしれないんだぞ。それは行かなきゃ損だろうが。」  最近は、どいつもこいつもヤマト様、ヤマト様とばかり言ってやがる。正直言って気色悪い。本当に宗教じゃんか。  ダニエルがそう言うと、レイは満足そうに数回頷いた。俺はその様子を見ながら適当に頷き、ついでに耳をかく。するとその様子を見たダニエルが怒った。 「ハル、聞いてんのか? おい!」 「聞いてるよ、うっせぇな。」  ぼさっと言ってやると、ダニエルは一瞬静まった。だけどすぐにレイが笑い出したから、俺もつられて笑った。せっかく我慢してこらえていたのに。ダニエルも俺らを見ると、真似するように笑う。 「まぁ、ローラド学園がどうこうとかは正直どうでもいいけどさ、よろしくやっていこうぜ」  レイが話をまとめるように俺達に言いかけると、ダニエルは再び不機嫌になった。 「あぁ? レイ、どうでもよくはないだろ。適当に話を終わらそうとするんじゃねぇぞ。」 「良いんだよ。ダニエルって奴はクソうぜぇしな! はは!」  二人がしょうもない事で言い争い始めたため、傍観していた俺は鼻で笑ってしまった。なんてバカな奴らだ。まぁ、俺もバカだけど。  もう分かるかもしれないが、俺が通う学校は決して賢い生徒が集まる場所ではない。確かに賢い奴はいるにはいるのだが、いわゆるエリート、ではない。俺の高校は皆が滑り止めにも選ばない、そんな公立校だ。  もちろんここに居る奴らは、受験勉強などを思いっきりサボり、遊び尽くし、適当にやってきた中学生の末路だけ。俺もその内の一人。俺のクラスは比較的治安は良いのだが、いじめは日常で、学級崩壊は当然、先生はこっそり体罰を与えて、保護者も子供の環境に口を出さない。そういう意味では俺のお父さんは本当に良い人だ。俺の反抗期のピークは中学生の頃で、その時は好き勝手して暴れていたが、お父さんは何も言わずに見守ってくれた。今はもう反抗期が終わっているから言えることなのだが、お父さんはきっとものすごく賢い人なのだろう。友人の話を聞くと、俺のお父さんの凄さがより理解できる。 「おい、お前ら早く席につけ!!」  ぼーっとしていると、ふと罵声が聞こえたため我に帰る。気がつけば教卓の近くに担任が立っていた。周りにいる生徒の何人かが立っていたため、号令がかかったのかと慌てて周囲を観察してみたが、どうやらおしゃべりのために立っていただけであると確認し安堵した。  担任の髪は栗みたいにチクチクしているから、皆揃って担任のことを栗に因んだ呼び名で呼ぶ。それは様々であり、下ネタの案もあったがボツになった。最近の主流は、モー先、とのことである。栗に因んでモンブランという意味と、牛みたいにデカい腹なので、牛がモーモーと鳴くことに因んで、という意味らしい。個人的には、中々にネーミングセンスがあり考えた奴は天才だと思っている。 「モー先うざくね?」  隣のダニエルが俺に耳打ちしてきた。…よしきた、これで良いイメージ稼ぎだ。 「何言ってんだよ、ダニエル!! 先生は神様だぞ? お前もっと敬意持てよ!! うざくなんかねぇだろうが!!」  他クラスにも聞こえるくらいの大声でダニエルを注意する。その後ちらりとモー先を見ると、目がとても冷めていた。 「ハル。この後、生徒指導室に来い」  不機嫌になったモー先は舌打ちすると、今日の日直の生徒の机に学級日記を投げ、教室から出て行ってしまった。 「…レイ、生徒指導室って、どこ?」  隣の席のレイに素朴な質問を問いかけると、レイは吹き出すように笑った。 「お前マジかよ! あぁー面白い。」  そうこうしている内に教室内は騒がしくなってきて、俺の周りに同級生が立ち寄るようになった。 「ハル、ドンマイ!」 「モー先のビンタ、マジで痛いから注意しとけよ?」 「かわいそうに! はは!」  話したこともあまりないような奴らも来て、俺を見て笑う。俺はそれに対して嬉しいとも悲しいとも思わなくて、適度に鼻で笑って流した。…クラスの隅から、ハルうざい、って言う女子の声が聞こえてくる。俺はそれすらも聞こえない振りをした。  いや、生徒指導室の場所を教えろよ。
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