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「まぁそのことはもう良いじゃん。早く神様を封印しに行こうぜー」
俺はレイの手を振り払って、スキップをしながら前へと進み始めた。しかし先頭にいた桐塚にジロジロと見つめられていたので危機感を覚え、ピタリと止まる。そして背後を見た。
なぜか、ヤマトもレイも桐塚も立ち止まったままでいるようだ。レイに至っては、よくわからない表情をしている。ヤマトは何か言いたいことがあるように俺を見ていた。
「何だよ?」
俺はヤマトの前へと寄る。軽くなった体が思考よりも早く動いているみたいだ。
ヤマトはなおも何を話さなかった。ただ困惑したように俺を見つめたままだ。俺はその状況が何となくむずがゆくなって、ついにヤマトの腕を掴んで引っ張った。
「うわっ」
意外と情けない声がヤマトの口から出てきたもので、少しおかしくなる。
「ずっと突っ立っているもん。ヤマトが進まないと俺が先に行けないじゃんか。」
ヤマトは理解が追いつかないのか、開けた口を閉ざすことがないまま俺に腕を預けている。俺はヤマトが落ち着くまで待とうかと考えてみるが、面倒だと思ってすぐ諦めた。
ヤマトの腕を引いたまま俺は優雅に歩き始めた。桐塚が言葉にもできないような恐ろしい目で俺を見続けているが、気にしない。いや、気にしたら俺の負けだ。そう思うことにする。
少しばかり遠くに見える木造の建造物を目指して歩いていたところ、背後から一つのため息が聞こえてきた。
「まず、俺の手を離せ。」
「なんで?」
俺はヤマトの顔を見ることさえしないで生意気に答える。
「首を吹き飛ばされたいのか?」
「誰がそんなことをするんだよ。」
「一つ忠告してやる。桐塚に命令すれば、お前の命くらい消せるのだからな。」
桐塚という人物名が出てきて、俺はぱっと手を離した。視界の端でヤマトが赤く染まった耳を隠すような仕草を取った。もしかしたら、ヤマトは他人との接触に慣れていないのかもしれない。
でも、その反応ににやけてしまう俺がいるのも事実であった。
というか、桐塚に命令すれば俺が死ぬだなんて…一体、桐塚はどういう思考をしているのだろう。どういう人生を歩めばそんなに非人道的な人間になってしまうのか。
まぁいいか、そんなことは。俺は好奇心いっぱいになって、スキップしながら新天地へと向かった。
「ハルー危ないぞー」
レイが後方から声をかけてくる。俺はそんな助言を半分無視しながら歩く。まったく、レイはたまに面倒くさいんだから。いちいち声をかけなくてもわかるっつの。
などと考えて歩いていたら、突然恐ろしいほどの気迫を感じた。思わず立ち止まり、2、3歩ほど後ずさる。それから少し冷静になって正面を見渡した。
そこには古めかしい木造の建造物があり、それは妖しげな風をまとわせていた。さらりと吹けば体が凍えてしまうような恐ろしい感覚である。俺は例えがたい未知の恐怖に、ただ一人さらされていた。
ついにヤマトと桐塚が先頭にいた俺を抜かして歩いていってしまった。俺はぽかんと口を開けたままその場に突っ立っている。
「いてっ」
コツンと背中を小突かれたので振り向く。それと同時に、レイが俺の肩に肘を置いてきた。
「ここ、やべぇな…」
レイは十分周りに聞こえる声量の独り言をつぶやく。誰に対しての言葉なのかは定かではないが、少なくともその感情が本心であることは伝わった。
二人してその場から動かなかったのでしびれを切らしたのか、ついにヤマトが不機嫌そうな顔でこちらへ振り返った。ヤマトの不満そうな顔を見ていると、だんだん冷静になって落ち着いてくる。
俺は何も言わずにヤマトの方へと近寄った。どうやら俺を待ってくれているみたいだ。俺が急ぐと、後方からレイも遅れて走った。それからヤマトらに無事追いつくと、再びゆっくりと歩き始める。
この場所は何というか、秘境そのものであった。人が簡単に足を踏み入れてはいけない場所であり、簡単に見てはいけないもの。建物が2つあり、一つは水飲み場のようなもので、もう一つは大きな屋敷だった。しかし屋敷の前に置物もある。不思議な建造物だ。
「本来であれば手を清めなければならない。だが、俺達はこの神を敬うつもりで来たわけではないから、清める必要はない。」
「清める、って?」
ヤマトが説明する。
「あそこの建物が見えるか。」
そう言ってヤマトは水飲み場のようなものを指差した。
「あー、水飲み場ね。」
「違う。」
あまりに即答されたので、なんとなく居心地が悪くなる。
「そこは手を洗って身を清める場だ。神と対面する前には必ずそうしなければならない。」
「ふーん…」
俺は半分を聞き流しながら、ぼうっと手洗い場を見つめる。かなり風化しているものの、わずかながらそこに少量の水があるようだ。それにしても、これが本当に手洗い場だって? 俺からすれば普通の水飲み場にしか見えない。それも含めて、神道には不思議な作法がある。
まもなくもう一つの大きな建物に到着する。こちらはそこそこな広さがある建物のようだ。扉がなく室内が開け放たれているのが、なんとも奇妙で、不思議だ。
ヤマトと桐塚は何にも驚くことなどなく、土足のまま建物に上がり込んだ。え、そんなことしても良いのか? ま、まぁ、あの二人がやっているのだったら別に良いのだろう。気にする必要はないか。俺も土足で入ることにした。
中は思った以上に広々としていて、床はさらさらとした緑色の硬い編み物のようなものが張られている。
日差しの強い外に比べて、室内はひんやり薄暗かった。俺達が全員建物に入ったのを確認すると、ヤマトはパタリと全てのスライドドアを閉める。いや、スライドドアと言うよりかは、窓といった方が近い。厚手の紙が格子状の板に張られているのである。これも何だろう。
あぁ、神道についてもっと深く勉強しておけば良かった。
ヤマト達の準備が整ったのか、ヤマトはようやくその場に腰を下ろした。桐塚は相変わらず立ったままである。それから、二人は背負っていたリュックを降ろしてその場に置いた。なるほど、やっとリュックを降ろしても良いんだな。俺とレイは見習って、降ろしたリュックをヤマトらのリュックの近くへ移動させた。
背中に荷物がない安心感は最高である。今まで背負ってきた疲れが全て吹っ飛ぶかのような心地よさであった。
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