第六話 桐塚について

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第六話 桐塚について

 泣き叫ぶ人々。あてもなく走り彷徨い続ける人々。今にも鎧を身にまとったリペア国の騎士達が私達を追ってきている。ただ隠れる場所を、逃げ切れる場所を探して走りつづけた。  分かれ道、分かれ道、分かれ道。私は最善の選択を考えて道を選び続けていた。…しかし、とうとう運が尽きてしまったのか。行き着いた場所は、炎で焼き尽くされた神社だった。 「そこの男児を寄越せ!」  我が国の騎士。それは人々にとっての英雄。そのはずなのに、そんな英雄達はまさに今、正義とは真逆の行動を取ろうとしている。私はただ腕の中にすっぽり収まっている赤子を抱き寄せた。渡すものか。 「この子をどうなさるおつもりですか! どうせ私達はスフェア国に負けたのです。私はリペア国の一国民として、とても悲しくて悔しくて仕方ありません。数百年にも及ぶ戦争を、赤子を人間兵器として育てることで完結させるなど、信じられません!」 「綺麗事を言うな!」  大男に叫ばれて、理性を失いそうになる。さっきから目から涙が止まらない。 「その男児は我がリペア国の王子様である。王子様を奪って我が者にするなど、それこそ非道であろう。貴様はテロリストと同罪だ!」 「ならば、ならばテロリストよりも酷く醜い存在になりましょう!」  私は喉がかれるほどに叫んだ。 「この子はこれから、まさに地獄の炎に自ら焼かれに行くのでしょう。あなたは感じないのですか。未来の王子様が、死に脅え、生きるために悪あがきをしながら、いずれ当たって砕け散る悲しみを。あなたは王国の騎士として失格です! この子を王様のもとへ連れて行ってはなりません!」  私は赤子をぎゅっと抱きしめる。おぎゃあ、おぎゃあと可愛らしく泣きわめく子に、私はただ謝ることしかできない。この子は王国のために人間兵器にされるという。具体的に何をされるのだろうか。想像もしたくない。私はこんな可愛らしい愛されるべき子が酷い目に合うくらいならば、国家が崩壊しても良いのだ。同情心に血のつながりなど関係ない。人間は本来、私のような者を清らかな人間としてきたのではないのか。人間はいつから、物事に勝つことだけに力を注ぐようになったのだろう。 「…やはりテロリストとは何を話しても無駄であるな。総員、あの女性…否、テロリストを捕らえよ! そして王子様を居るべき場所に戻して差し上げるのだ!」  騎士達は数十人と集まって団結している。それから鋭利な槍を構えて、こちらへにじみよってきた。対して私の後ろは炎で燃え盛っている神社しかない。  騎士達は手加減という言葉を知らないのか、無力の私を無理やりに叩きのめした。ついに指を曲げる力さえ失った私は、意識が飛ぶか飛ばないかの境目で赤子を離してしまう。 「あ、だ、だめ、」  私はむなしく引き離された赤子を見守ることしかできない。先ほどまで大切に守っていた赤子はついに騎士達の手に預けられ、国王へ連れていかれてしまう。  私は最後の抵抗と言わんばかりに赤子へと手を伸ばした。しかし惜しくもその手は騎士達によって踏みつぶされてしまう。 「あぁ…いけない、いけない!! 返して! 連れて行ってはいけない! 桐塚様!! お願いします、桐塚様ぁ!! 私のもとへおいでなさい、桐塚様の父上は極悪非道なんです!!」  私は桐塚という名の王子に訴えかける。彼はまだ赤子。しかし、彼は国王によって人間兵器と成る。そんなことは許されないのに。  私を煩わしいと思ったのか、騎士達は私の頭をぐりぐりと踏み潰した。私はついに物も言えないようになる。 「お国のため、血を流すことが一番の正義でごさいますからね、桐塚様。」  桐塚様を受け取った騎士の一人は、まるで愛する父親のように抱き寄せると、悪魔のように優しく囁いた。憎い。悔しい。私は負の感情を抱いたまま、騎士達によって殺される。桐塚様が連れて行かれてしまったという絶望を抱きながら、私は死ぬゆくしかないのだ。  …嫌だ。生きたい。死にたくない。死にたくないのに。あなた様を守れるためならば、私は何だってするのに。お願いします、神様。私がもしも、また桐塚様にお会いできるのならば。  国王の思い通りになるなと…誰も、何も信じてはいけないと…お伝えさせてください。
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