第六話 桐塚について

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 夢を見た。  俺はパチリと目を覚ます。仰向けになって寝ていたのだろう、目先には穏やかな木の天井が見えていた。小さな柱と柱が入り組む天井を見つめながら、やんわりと夢を思い出す。  しばらくぼうっとしていたのだが、ふとレイとヤマトのことが気になった。俺は重い体を起こして目を向ける。  レイもヤマトもまだ寝ているようだった。いびき一つかかないヤマトは、非常に姿勢が良かった。対してレイはというと、これまた奇妙な寝相である。しかし意外にもいびきをかいていない。そこはおしとやかなんだな。  俺は姿勢を整えてその場に座り込んだ。大人しく桐塚を待っておこうと思ったからである。しかしそう思った矢先、考えてはいけないことを考えてしまう。  封印って何をしているのだろう。本殿ってどういう建物なのだろう。あぁ、知りたい。知りたくてたまらないのだ。  好奇心にはやはり逆らえず、俺は忍び足で探索してみる。俺はてっきり、扉というものはこの紙が張られたスライドドアのような窓しかないと思っていたのだが、もう一つちゃんとした普通の扉もあるということに気づく。それはスライドドアのような窓のようなものとは別方向にあった。きっと裏口なのだろう。  その扉に近づき、ゆっくりと開けた。ちょうど太陽が雲に隠れたのか、日差しは緩やかで強くなかった。外の清々しい空気を吸い、一つ二つ呼吸をしてから、パタリと扉を閉める。  靴は既に履いているので、そのまま外へ身を乗り出した。俺の予想が当たっいたようで、そこはどうやら拝殿の裏側のようであった。目の前には一本道があり、俺から少し離れたところに小さな物置のようなものがあった。小さな物置というか、大きな箱というか。なんとも表現しにくい。それは色鮮やかな装飾品で飾られており、中はだいたい1㎡くらいしかない。そこには扉があったようで、扉が大きく開け放たれている。その代わりに、ある女性がその箱のようなところに入っていた。隣には桐塚が立っており、どうやら会話しているようだ。 「お言葉ですが、桐塚様の周りにいる人々は全て殺した方が良いです。彼らは今後、桐塚様の大きな足枷と成るでしょう。」  女性は桐塚に意見する。箱の床に腰をかけ、少し汚れた白のドレスを見にまとっている。長い黒髪と真っ暗の瞳を動かしながら、女性は淡々と話していた。あぁ、この女性はきっと、桐塚と同じ人種の人だ。 「申し訳ありません。それは不可能です。」  桐塚はきっぱりと告げる。 「たとえ彼らが足枷になろうとも、私は彼だけに仕えます。愛国心などと言うものは私にはありません。実験は失敗したのです。」 「それは違います。本当に桐塚様の脳から消されたものは、疑うべき人を疑う力、です。あなたは騙されました。この世の全てから。現に桐塚様は彼によって生かされております。それが彼を消さなければいけない証拠です。」 「あなたは正しい。ですが、私があなたの意志に従うことはないでしょう。なぜなら、私は彼を心から愛し、永遠に護りたいという意志があるからです。」  桐塚はきっと、初めから女性に従う気はなかったのだろう。女性はうろたえながら口ごもる。無理はない。自分を信頼してくれると信じていた相手が、自分を信頼してくれなかったのだから。 「ご心配なさらず。あなたはまだここで眠っていればいい。この地に住む神と共に、ゆっくり消滅すれば良いのです。」  桐塚は箱の扉を掴んだ。女性は箱の中で座り込みながら桐塚を見上げる。 「…わかりました。ですがまだ死にません。桐塚様のお心が正しく変わるその時まで、私はここにいるでしょう。」  女性が頑なに返答したところで、桐塚はパタリと扉を閉めた。  その哀愁漂う背中を見ながら、俺はまっすぐ近づいていく。ある程度の距離にきたときに、桐塚が初めて振り向いた。 「よぉ。元気?」  軽く手を振ってみる。桐塚に同情してしまったのだろうか。無表情なその顔に、寂しさが溶け込んでいるように見えた。 「まぁ、それなりに。」  さっと姿勢を整え、俺にまっすぐ焦点を合わす。桐塚が対話ではなく会話を交わしてくれることに少々驚きつつも、そんなことはすぐに受け入れてしまう。 「お前はけっこう可哀想な奴だったんだな。王子なのに王様に見捨てられ、助けてくれた女性も殺され、人間兵器に改良される。だからこんなにも人間味がなかったんだな。」  わかっているようで完璧にはわかっていない、そんな曖昧なことを話した。俺が話した内容というのは、夢や女性との会話から推測しただけである。だから不確かで信じがたいことではある。しかし桐塚は本当に人間味がないので、真実なのだろうと思ってしまった。  桐塚は俺の言葉に応えることもなく、ただじっと俺を見ていた。  しばらく無言のまま互いに見つめ合っていたのだが、ふと桐塚が口を開いた。桐塚から話し始めるだなんて、とても不思議だ。 「目覚めるのが異常に早いですね。中々抜け出せない悪夢に浸っているはずなのに…夢を覚えているとは、興味深い。魔法に影響されにくい体質なのですね。それにしても、現実的な耐久力ではありませんが。」  桐塚は淡々とした口調で続けた。俺は何を言っているのか理解できないまま、それらしい質問を投げかける。 「夢を覚えているのはおかしいのか?」 「はい、まぁ、厳密に言うと異なりますが。この夢は私達を葬る手法の一つです。私達を永遠に眠らせて、その間に魂を奪い取るということですね。しかし魔法に影響されにくい体質ならば眠りません。が、それほど強い耐久力がある人はほとんどいません。」 「そうなのか?」 「えぇ。ヤマト様ですら不可抗力なのですから。私は幼少期に魔法の耐久力を極限まで鍛えられたので、こういうものは全く効きませんが、あなたは違うでしょう。非常に忍耐強いということです。それも、不可能なほどに。」  桐塚は興味津々といったように、まじまじと俺を見つめる。少し照れくさくなって、わざと愛想笑いをした。  しかし、あの魔力が高いだろうヤマトでも耐えられないだなんて、俺ってば本当に特別なんだな。と、ひしひしと実感させられる。
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