第六話 桐塚について

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 目が覚めた。何か長い夢を見ていた気がする。仰向けになって寝ていたのだろう、目先には柱と柱が入り組んだ天井が見える。俺はただぼうっと眺めていた。  それから、ふと今までの記憶が頭に流れてきた。ヤマトらと神を封印しに来て、この拝殿に来て、それから一眠りしたのである。  ぽかぽかとした陽を浴びながら寝たためか、何となく心地が良い。俺は上半身を起こしてあくびを一つする。それから何となく辺りが気になって、周りを見渡した。あれ、桐塚がどこにもいない。 「目が覚めたか。」  声をかけられた方を見る。ヤマトも起きていたようだ、こちらをまっすぐ見つめていた。 「おはよー」  にこっとヤマトに微笑みかける。ヤマトは俺に応えるためか、不器用に口角を上げた。顔が全く笑っていない。  ヤマトの顔をまじまじと見続けていたころ、あぁぁ…、といううめき声が聞こえてきた。見れば、レイが仰向けになりながら背伸びをしていた。うわ、寝相が悪い。 「おはようさん。」  おじさんが言いそうな挨拶をしながらレイは起きた。それから長い茶髪を手でとく。まだ少し寝ぼけいるのだろう、レイは小刻みにあくびをしていた。  自分より眠たそうにしている人を見ていると、何だか目が覚めてくる。俺はどんどん冷静になっていった。 「失礼します。」  礼儀正しく声をかけてから、桐塚が窓のような扉のような所から入ってくる。というか、なんだ。桐塚は外にいたのか。 「終わったか。」 「えぇ。しかし、一筋縄ではいかないようで。後日詳しく報告いたします。」 「そうか。」  二人の会話を静かに聞いていたが、ふつふつと好奇心が湧き上がってきた。 「なぁ、桐塚って本当に神を封印したのか?」  聞くと、桐塚はこちらへ目線を移した。 「はい、そうですね。」 「へぇ。神ってどんな感じだった?」 「そう大層な者ではないです。ただ話し合って、無事に解決しましたよ。」 「ふーん。」  興味がなかったので、俺は適度な返事だけを返した。 「そんなことより、そこにある…えっと、扉みたいな窓みたいなやつってなんだ。」  俺は厚手の紙が張られたものを指差した。さっきから気になって仕方ないのだ。 「障子でございます。」 「しょうじ、ねぇ…じゃあこれは?」  俺は地面の床を指差す。 「それは畳ですね。」 「たたみ…ふーん。」  このようなやり取りをしばらく続けていたころ、ふっと隣でヤマトが鼻で笑った。 「お前は面白いな。」 「なんで?」  俺は聞き返す。ヤマトは理由を聞かれると何とも答えられないのか、うーんと唸った。  そんな俺達を横目にレイは話し出す。 「とにかく、もう帰るんだよな?」  ヤマトはレイに反応する。 「あぁ、そうだ。やることもないし、すぐ出発しようか。全員、荷物をまとめてくれ。」  ヤマトがそう言ったため、俺は自分のリュックを背負って立った。荷物をまとめると言っても、することは特に何もない。  桐塚も室内に入ってきて、ヤマトが使っていた薄い毛布をたたんでリュックにつめた。そういえば、そういうものもあったな。レイもリュックを背負っており、いつでも出発できる体制である。 「よし、出よう」  ヤマトらも準備が整ったようだ。立ち上がると、すぐさま拝殿から出る。俺とレイも後に続いた。  そのまま大通りを進み鳥居まで移動する。行きしなよりも涼しくて居心地が良い。  ついに鳥居の前まで来た。しかしおかしなことがある。鳥居の間に一つの白い影が立っているのである。  その影は人型であった。普通ならば、そこで何かしら恐怖を抱くのだろう。しかし不思議と、俺はその影を見て、特に何も感じなかった。それどころか家のような安心感さえ感じる。その影も俺に気づいたらしい、俺に向かって手を振った。 『おいで、おいで。』  その声の主は、俺の心の中で話しかけてくるあの人だった。  ちらりとヤマトらの顔を見る。どうやら、あの人の姿は見えていないようだ。視認できるのは俺だけだということか。  それでも俺は吸い込まれるようにして鳥居の間をくぐる。いや、あの人にぶつかりに行く。あの人と体が合わさった瞬間、ずっしりと体に何かが入っていくかのような感覚がした。体が押しつぶされたような気持ちである。  しかしそんなことがあろうとも、俺は自然に歩き続けた。歩きながら、あの人と俺が一体化していくのが分かる。体が重くなる感覚は決して気分が良いとは言えないが、それでもあの人の暖かさを感じたのは事実だった。  次第に違和感は消え、ついにあの人と俺は一体になる。あの人の声は聞こえないが、俺の体の中にいる。そう感じるのである。 「おい、ハル」  ヤマトと桐塚に続けて歩いていたとき、ふいにレイに肩をつかまれて振り向く。 「どうした?」 「あれを見ろ。」  レイは鳥居の方向を指差した。俺は神社がある方面を凝視する。そして、驚愕した。  鳥居は既に風化しかけていたものの、それほど見た目に影響を与えていなかった。それなのに今見ると、鳥居が真っ黒であるうえに、所々壊れているのである。通りの石の道も乱れており、手洗い場も、拝殿も、焼かれて真っ黒になっている。原型がわからないほどに壊されているのだ。 「気づいたか。」  ヤマトに声をかけられ、振り返る。ヤマトと桐塚は先へ行かず待ってくれていたようだ。 「神の力が封じられたため、本来の姿が露わになったのだ。俺達が昨晩いた小屋はともかく、ハルが聞いた赤ん坊の声も、夏の空間も、不自然な道もない。何もかもが元通りになったのだ。」  唖然となる。ヤマトの話すことの意味は何となく伝わってくるけども、すんなりと納得できないのだ。 「実感が湧かないだろうが、かなりの時間が経っている。道も変わっているから気をつけて歩くようにしろ。」  ヤマトは最低限度の注意だけすると、再び歩き出した。確かにヤマトの言ったとおり、小屋から来た一本道がなくなっている。それに加え、なかったはずの入り乱れた山道が複数あるのだ。それに夏のような蒸し暑さも、虫の音も感じられない。代わりに吹くのは、夏よりも少し涼しい風だけである。  俺達は下山した。途中腹が減るたび、ヤマトらは食事を分け与えてくれた。雑談を呑気に交わしながら俺達はついに大通りまで出てこれた。  改めて生を実感しながら、この一泊二日の旅が胸いっぱいに溢れ出ていた。全てが楽しかったとは言わないが、全てが悪い思い出だったかと言われれば、違う。この旅を通して俺の仲間ができた。一期一会と言って片づけられないほどの友情が芽生えた二人が。  ダメもとで連絡先を聞くと、案外すんなりと教えてくれた。それどころか明日も会って遊んでくれるという。意外と暇なんだな、と思って俺は心の中でクスリと笑った。  それから各々帰路に就いた。途中、家が恋しくなって駆け足をした。それでも心の中は美しい思い出でいっぱいなのだ。これから俺は、彼らとどんな未来を築くのだろうか。楽しみで仕方ない。  そして、お父さんはどういう叱り方をするのだろう。俺は先を急いだ。
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