13人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
暑い、非常に暑い。今は2月だというのに、これほどまでに暑いのはどうにも不自然である。
俺達は長袖の薄い体操服の裾をまくって、懸命に歩き続けた。ヒロが地図、ユウとレイが方位磁石を持っていて、相変わらず先頭はヒロのままである。
「おーい、まだ歩くのかよー?」
俺がヒロに声をかけると、ヒロは汗だくの顔で振り向いて、タオルで軽く自身の顔の汗を拭い取った。
「もうすぐで中間地点だ。」
「うわ、まだ中間地点なのか。ヤバいな。」
レイが声を荒げると、ヒロはムスッとした顔で俺達を見つめた。
「仕方ないだろ。その代わり、僕の予定では、昼ご飯の時間が他の班の3倍も作れる。」
ヒロは誇らしげに言うのだが、俺達はその凄さがあまりよく分からない。今楽しければそれで良いんじゃないのか、と言いたくなるけど、火に油を注ぐだけになりそうなので、ぐっとこらえた。
「……暑い。」
再び沈黙を重ねて歩いていた頃、珍しくユウが弱音を吐いた。ヒロはユウを一瞬見やった後、あー、と呟いて黙った。それから少し考え、ヒロは曖昧に言った。
「少し休憩するか?」
「…ヒロが良いなら。」
ユウの返答を聞いて、ヒロは再び黙り込む。俺達はヒロとユウの会話を聞きながら歩いていた。ヒロはユウの返事に答えることもなく、ただ黙々と歩いている。顔から吹き出してくる汗をひたすら腕で拭いながら、前に進んだ。
その様子にしびれを切らしたのか、ある時ダニエルがヒロに声をかけた。
「お前、優柔不断だよな。」
ヒロはその声を聞いて、ピタリと足を止めた。そして眉間にシワを多く映し出しながら、振り向いた。肩が小刻みに震えていて、それは激怒する寸前であった。ダニエルも同じだ。二人とも火花を散らしながら睨み合っている。
「うるさいな…黙れよ。」
「はぁ? 事実だろうが。それに、何でお前が怒るんだよ。おかしいだろ?」
いきなり二人がいきり立ったため、俺は状況がよく分からなかったが、何となく、止めないといけないなという気持ちはあった。隣に立っているダニエルの足が震えている。力いっぱいに握りしめた拳が、どこへやることもなく、そこでただ力をため込んでいる。俺はこんな姿のダニエルは見たことがない。
「ユウ……」
きっとレイも俺と同じく、どうしようもないと思っているはず。だから俺は、絶対に俺よりもずっと賢いユウに頼ることにした。小声で助けを呼ぶようにして、ユウに小さく手を伸ばす。顔をあげてユウの顔を覗き込んだのだが、その声すら霞むように、ダニエルやヒロによってかき消された。
「そんなに先に行きたいなら、さっさとユウでも連れて歩いてこいよ! それから、くだばってしまえ! 熱中症にでもなれ!!」
「っざけんじゃねぇ!! 勉強もできないクソ野郎に言われる筋合いはねぇよ! ユウ、早く行こう。コイツらと話している時間が無駄。」
ヒロはユウの腕を力強く強引に引っ張って、どこかへ行こうとする。ユウは焦りながらも、待って、と言って聞かせるが、ヒロは聞く耳を持たない。ダニエルがその様子を見ながら呆れたように嗤うので、ヒロの怒りに拍車がかかった。
「早く行けよ!!」
ダニエルが突拍子もないことを叫ぶと、ヒロは覚悟を決めたようにユウの手を放して闇雲に走り出した。あと数秒も経てば、遭難してしまうのではないかと思ってしまうほどに。ユウは俺達とヒロを交互に見ながら、全力の思考を回した後、ごめんと一言呟いてヒロを追いかけていった。
「…クソ。」
ダニエルはどこかへと行ってしまったヒロを思い浮かべるようにして怒りを燃やす。俺は何もダニエルに対して言えなくて、ずっと黙っていた。…別に怒る要素なんてなかったのに、どうして言い争うことになるのだろう。なんというか、意味もないのに、争わないとどうしても気が済まなくて…あぁもう、頭が悪いから上手く説明できない。レイもきっと俺と同じ気持ちのはずだ。俺と同じで、なんとなく胸くそ悪いだけで、何も分からないから何も言えない。そう思っているはずだ。
「…ダニエル、気ぃつけろよ。」
「は?」
そう思っていたのだが、いきなりレイはダニエルの首筋を掴んで、説教し始めた。
「今、アイツらに通用しても、これからは通用しねぇんだからな。良いか?」
「…。」
「聞いてんのか、おい!!」
突如としてレイが叫びだしたので、思わず肩を震わせる。レイが怒った姿なんて滅多に見ないものだから、余計に刺激的だ。ダニエルは目に少量の涙を溜め込みながら、レイから不自然に目を逸らす。俺はその様子を見ていると心臓が縮まりそうになったので、二人に背を向け、遠くを眺めることにした。
しんみりとした雰囲気の中、誰もが沈黙している。正直に言って、レイやダニエルの心情が全く分からない。もっと国語の勉強をしていれば少しは状況が分かったのかな、と今更ながらも後悔する。でも、分からない。解決策どころか、理解することすらできないのに。
「…ん? な、なぁ!」
しばらく黙り込んでいた頃、俺は思わず声を荒げた。遠くに人影が見えたのである。しかも、こんなにも鬱蒼な山の中で。
「何だよ、空気読めねぇな…」
そう言いながら、レイとダニエルは重い足取りでこちらへ来てくれる。俺は唾を一つ飲み込んだ後、人影の方を指差した。
「あれさ、見える? 俺らの学校の制服を着てないなんだよ。」
俺が見つけた陰は二人。木と木の隙間から見える、滑らかな下り道の奥に男が二人居るのである。彼らはどうやら会話しているらしく、こちらからでは顔は遠すぎて見えない。だが、この国では珍しい黒髪と紫髪のため、思わず見てしまったである。
「…ダニエル、もしかしてさ。」
レイは唾を飲み込んでから、ダニエルの方を見た。見れば、ダニエルは信じられないとでも言いたそうな目を丸くさせながら、彼らをただ静かに見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!