第二話 出逢い

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「失礼する。」  聞いたことのない渋い声が扉越しに響く。じっと眺めていると、ついに扉が開いた。古い木の扉の音がなって、中から出てきたのは、紫髪の男。  白い高級そうなシャツを着崩して、どこかのブランド品と言われても信じるほど美しいズボンを身にまとい、堂々とした姿で現れた。美しく爽やかなセミロングヘアが風に少し煽られるたびに揺れる。真ん中で分けた前髪の間から見えるのは、白く綺麗な肌。通った鼻筋に、薄い赤い唇。それから落ち着いた切れ長の緑色の瞳。俺でもわかるほど、凄くイケメンだ。  この人がヤマトか…確かに、皆がヤマト様、ヤマト様と呼ぶ理由がなんとなくわかる。  そういえば、この人の隣にいた、あの黒髪の男は何だろう。と考えていたら、ヤマトの後ろから黒髪の男が出てきた。  男らしいショートヘアで、ヤマトと同じシャツとズボンを履いている。男は白いシャツの上から真っ黒の美しいコートを着こなしている。まるで執事なような歩き方で、片手で男が着ている物と同じコートを抱えている。滅多に見ない珍しい黒髪が揺れて、顔を見る。  その時、外国人だ、と直感した。真っ黒な黒髪と真っ黒な目、そして薄い黒色の唇、そして真っ白の肌。まるでその男だけが写真の中にいるかのようである。  男は丁寧に扉を閉めて、ヤマトの後をついていく。ヤマトは一つだけしかない椅子にどっしりと腰をかけ、男はそのすぐ近くに立った。 「ヤマト様、こちらを。」  男は慣れた手つきで抱えたコートを広げ、ヤマトに羽織らせた。 「感謝する。」  ヤマトは上からかけられたコートに手を通しボタンを一つ一つとめる。あの黒髪の人は、椅子がなくても良いのだろうか。立ったままで疲れないのかな。 「さてと…こんな辺鄙な所に案内して悪いな。先ほどは驚いた。」  ヤマトと男の視線が俺達三人の方へ向かう。 「もう既に話したが、改めて自己紹介しよう。俺はヤマト・シンクレア。ローラド学園の生徒で、高校二年生だ。」  圧倒的な迫力を纏っていて、その目が俺を捉える度に手が震える。へぇ、俺と同級生だったのか。 「私はヤマト様にお仕えさせて頂いている、月宮之桐塚と申します。名前が桐塚、ファミリーネームが月宮之です。学年は高校一年でございます。」  桐塚という男は無表情のまま淡々と話す。瞳孔があるのか分からないほどの黒色の目が動く度に名状しがたき恐怖感に包まれる。ファーストネームとファミリーネームが逆という異様な名前に困惑しつつ、礼儀がありそうで大きくどこが欠けている挨拶に寒気がする。桐塚は非常に姿勢が良く、微動だにしない。両手を後ろに回しており、余裕の風格がある。 「もしかして…セル人?」  言った後に、はっとなって手で口を塞いだ。桐塚とヤマトや、レイやダニエルからも見られる。レイは肘で俺を軽く突いた。レイなりの注意喚起だろう。  それもそのはず、セル人という言葉は差別用語である。数十年前まで、俺の国のスフェア国と隣国のリペア王国、そして周囲の諸国が戦争をしていた。その名残として、リペア王国の人々をセル人と呼び差別する風習が数年前まで残っていた。だが既にリペア王国は降伏していたこともあり、戦後も非難するのは間違っているとして、セル人という言葉をなくす運動が活発になった。これを受けて、俺のスフェア国ではセル人という言葉が差別用語に指定された。  つまり、セル人という言葉を、それも本人に言うという事は大変いけない事である。 「あ、ご、ごめんなさい」  俺は相手に聞こえるか聞こえないかの声量で謝罪する。セル人の血は黒色で、皮膚は白色という事は、話として聞いていた。だけど、本人を見ると圧倒されてしまったのである。  レイは頭を抱えて俺から目を離す。ダニエルはレイに隠れてよく見えない。おそるおそる桐塚とヤマトを見る。意外と二人は静かで、落ち着いていた。 「相手が桐塚だったことに感謝しろ。桐塚は差別されたところで悲しまないからな。そうだろう、桐塚?」  ヤマトは薄く笑いながら、桐塚の顔も見ずに問いかける。 「はい、もちろんでございます。」  桐塚は大きな目を薄く広げて、敬愛をもって返答する。どうやら本当に俺の言葉を気にしていないらしい。それどころか、ヤマト以外に興味をあまり示さないようだ。 「センキュ。」  たどたどしい礼を告げると、ヤマトは満足そうに鼻で笑った。桐塚はというと、俺には全く反応しない。確かにセル人と言って差別して、彼に怒られてしまうのは仕方がないけど悲しくなる。だけど、こんな反応をされても、何となく腑に落ちない。怒られる事を嫌っているのならば良い展開じゃないのか、って思ってしまうけど、怒られた方がマシ、と考えてしまうような反応だった。
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