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カランカラン。
いつもと変わらない、大きくひびく音。
ドアの裏側についている牛のベルが鳴る。
「いらっしゃい、ハルくん」
カウンターからゆかりちゃんの声がする。
「こんにちは。ゆかりちゃん」
ほろにがいコーヒーの香りと温かい空気に包まれると、じんわりと幸せな気持ちになる。
いつもみたいにその香りを思いっきり鼻から吸いこんで、口から大きく息をはいた。
コーヒーを飲んだことはないけど、なぜだかなつかしい気持ちになるんだ。
にぎりしめた手のひらの中には、ハニートーストを食べるための2ヶ月分のおこずかい。
汗でしめった、百円玉7枚と五十円玉1枚。
それを静かにカウンターに置いた。
「ハルくん。今日もいつもの?」
「うん。ハチミツ多めでね」
「どうしたの。悲しいことでもあった?」
「なぜそう思うの?」
「ハルくんがハチミツ多めでたのむときは、いつも寂しそうな顔をしているから」
「今日は3月27日だからね」
「そうだった。桜も咲き始めるころだね」
「咲きそうなツボミがいくつかあったよ」
「なら、もうすぐだ」
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