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 家に帰る。義母はまだ帰っていない。父は一年以上見ていない。どこかで新しい女をつくったのだろうと思っている。そういうことを繰り返してきた男だ。  リビングの灯りをつける。  ラップをかけられた夕飯。その隣に白い封筒。  中身は金と、どうでもいいようなことを書いた手紙だ。  普段は手をつけないが、眼鏡の修理代にあてる金額だけ抜き出して、残りは封筒に戻した。  電子レンジは使わず、冷えたままのとんかつとサラダを食べる。  美味いともまずいとも思わない。だいぶ前から、そういうことは感じなくなっていた。  殴られることにも独りでいることにも、父のおかげで慣れた。  義母はどうだろう。  血のつながらない息子と帰ってこない夫を待つために身をすり減らして働くことを、仕方ないと受け容れているだろうか。  そんなことがあってはならないと思う。  義母は好きな時に自分の人生を取り戻しに出て行けばいい。  父がもう戻ってこないと思ったとき、彼は義母にそう言った。  言い方が悪かったのだろう。義母はそのとき泣いた。  以来、余計なことは言わないようにしている。  ふと思い立って、封筒から手紙を抜き出した。  裏返して、「お金はご自分のために取っておいてください」  そう記した。    自分の部屋に上がる。PCを起動する。図書室で見たときは変動していなかった累計読者数が、1増えている。  どういう人間が読んでいるのだろうか。  自分の作品を読んで、何を感じているのだろうか。  知りたいと思った。  どうでもいいくだらないことばかりの暮らしだが、それだけは切実に知りたいと思った。       
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