2/17
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/33ページ
 家に帰る。 「お帰りなさい」と言われる。 「帰りました、お義母さん」と言う。  挨拶は義務だ。敬語を崩さないのは意地だ。  義母は顔の怪我について何も聞かない。ゆがんだ眼鏡について何も聞かない。汚れた制服について何も聞かない。そういうものだと思っている。別に不満はない。関係のない人だ。心配などされるとかえって困惑する。  義母に一度も顔を向けないまま、階段を昇り、部屋の灯りはつけず、制服を脱ぎながらPCを立ち上げる。ロック画面。片手でPINを打ち込む。一世代前のOSがやっと動く、動画などとても見られるものではない古いPC。叔父のおさがりで、叔父の形見。  ウェブブラウザを立ち上げると勝手に小説投稿サイトが開く。ログイン。昨日からの読者数や高評価の数を見る。0、0、0。変わっていない。誰も身に来ていない。当然だが、コメントもメッセージもない。悔しい気持ちを、何でもない顔をして受け流す。口の中の血を、水ですすいで吐き出すように。  社交をやればいいのはわかっている。  SNSで宣伝するとか、人の作品を読みに行って手当たり次第に高評価を押すとか。密約を交わして互いに褒め合うとか。  死んでもやるものかと思っている。  薄っぺらな奴らばかりだ。志のない奴らばかりだ。学校と一緒だ。全部くだらないと思っている。  前にいたサイトで、くだらない作品にくだらないですねと書いたら、四方八方から叩かれた。しばらく議論したが、やがて気づいた。  皆、作品の良しあしなどどうでもいいのだ。ただの社交なのだ。  今いるサイトでは、一方的に自分の作品を投げるだけだ。最初から何も言わない前提ならば、本音が言えないなどと苦しむことはない。  投稿ページに移り、昨日の続きを書く。  剣と魔法のファンタジーなどではない。南北戦争直後のテキサス。砂と鉄と硝煙の世界。叔父が好きだった西部劇。サム・ペキンパーの描いたような、死にざまではじめて英雄となるような、ハードでドライな、救いのない世界。  時流に合わないのはわかっている。むしろ真逆だ。でも、だからこそ書く意味があると思っている。  二千文字。自分で決めたノルマ。それを少し超えたところで、話に一区切りついた。  気が付くと十一時を回っていた。ブラウザを閉じようとしたとき、サイト内の通知が来た。 《1名の読者が、あなたの作品を読んでいます》  画面をそのままにし、立ち上がり、意味もなく室内を歩き回り、また画面を見た。  《1名の読者が、あなたの作品を読んでいます》                  
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!