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血の味がした。重力の感覚が消えて、アスファルトの地面が回りながら近づいてきた。側頭部に衝撃が来て、頭から倒れたのだとわかった。
「ケッ、弱え」
上から、吐き捨てるような声。尻のポケットからものが抜き取られる感覚。
「おまけに金もねえ」
財布と小銭が、頭の上に降ってきた。勢いよく靴先が腹にめり込む。喉が勝手に、苦し気な声を出す。
「おまえみたいなガキはな、隅っこで下向いて生きてりゃいいんだ。それが身の程ってもんだ」
投げつけられた言葉に、怒りが火花のように弾けた。
わき腹に蹴り。
「わかんねえのか、ああ? その目をやめろって言ってんだよ!」
さらに何発か蹴られる。そう思って身構えたが、何も起こらなかった。足音が遠ざかっていく。
口の中を探る。歯は折れていない。身じろぎする。骨もやられていない。地面に手を這わせる。飛ばされた眼鏡を探す。駆け足で近づいてくる足音。
「大丈夫? ええと、タダノ君」
クラス委員のなんとかという男の声。手の中に冷えたプラスチックの感覚が生じる。それに、女の手の柔らかい感触。
眼鏡を拾ってくれたようだ。礼を言おうと思ったら、女の声が言った。
「だめだよ、オオノ君はあれだから」
無言で眼鏡をかける。右目の焦点があわない。右の眉とレンズが接触している。うまくバランスのとれない眼鏡を支えながら、ゆっくりと起き上がった。
「何だよ、あれって」
ねじくれた声でそう言ってしまう。
「ちょっと、タダノ君!」
クラス委員がお上品に語気を強める。黙って財布を拾った。黙ってその場を立ち去ろうとした。
「サワダさんにお礼の言葉はないのか?」
静かな威圧。横を向いて唾を吐いた。赤かった。
「おい、転校生!」
「やめなよ!」サワダとやらがクラス委員を止める。そして声をひそめる。
「……あぶないよ、あいつも」
蹴られた腹をさすりながら、その場を離れた。背中が丸まり、うつむきそうになる。無理に顔をあげた。
夕暮れ空にカラス。遠ざかっていく。
初めての札幌の四月は、まだ寒かった。
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