第二話 スキンシップが激しくないか!?

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 とりあえず二年C組に来た。来たのはいいんだけど。  全く俺の人権がない!! 壁や教室内、挙げ句の果てに廊下にまで、ペタペタと俺の顔写真が貼られているのだ。  廊下から見ても気持ち悪すぎて呆れていたが、教室内はまさに地獄であった。 「な、なんだこれは…。」  絶句した。教室中に隙間がないほど俺の写真が貼り付けられていたのだ。どこにいても自分に見られているという感覚が、奇妙で気持ち悪い。  考えてみてくれ。自分の顔写真が張り巡らされた教室を。禍々しくて直視できないに決まっているだろう。というか、何故先生もこれを許可したんだ? 理解できない。 「楽しんでくださいね、先輩!」 「楽しめるかよ。」  俺はふらふらと教室を見回った。  すると、とある発見をする。 「…黒澤。」 「はい!」 「ここの写真、全部盗撮したものだろ?」  俺は集合写真のようなもの以外では、めったに写真なんて撮らない。俺しかいない写真であれば尚更である。しかしおかしなことに、この教室にある写真はどれも撮った覚えがないものばかりなのだ。 「さすが先輩! 洞察力も素晴らしい!」 「何が洞察力だ! 俺の人権を侵害しすぎて、むしろ清々しいな!?」  俺がサッカー部の服を着ている写真が多いが、生徒会長として演説している姿や、人に説教している姿もあった。奇妙なのは、俺がマネージャーから差し入れを貰っている姿や、自動販売機の前でジュースを買っている俺の姿もあるということだ。こんなの、誰も見ても嬉しくないだろう。 「こ、これは何だ?」  ふと目についた文集を指差す。黒澤は嬉しそうな顔で反応した。 「それはですね、私が毎日書いている日記の一部分を、厳選して書いたものですよ♪」 「ふーん、日記か…」  俺は気になって、最初だけ読んでみることにした。 『4月10日、先輩にものすごくかっこいい人がいた。名前は川澄先輩と言って、二年生らしい。川澄先輩と親しくなりたいな。』 『4月15日、川澄先輩の連絡番号を入手した。あと、サッカー部に誘ってくれた。本当に嬉しかった。明日、朝一番に入部届を出そうと考えている。』 『4月21日、ついにやってしまった…。はぁ、川澄先輩を盗撮してしまうだなんて! こんなことが知られたら、絶対に嫌われてしまうというのに!』  …とても長くなりそうだったので、ここまで読んで俺はやめた。黒澤は、この日記を読んでいる俺を楽しそうに見ている。  どうやら、俺が読んだのは一年前の日記らしい。それも、黒澤が入学してすぐの頃の話だった。というか、こんな時から盗撮していたのかよ。  黒澤の方をちらりと見る。相変わらずヘラヘラしているが、こいつ、そんなに俺のことを尊敬していたんだな…。  って、危ない危ない。思わず許してしまうところだった。人権侵害は許されない行為なんだからな。絶対に黒澤のことは、これからも許さないぞ。 「あれ、もう読まなくて良いんですか?」 「うるさい…」  俺は元々あった場所に文集を置いた。黒澤は少しだけしょんぼりしているが、頑張って気づけないフリをした。  …あぁ、クソ。人がこんなに悲しそうな顔をしているのに、無視なんてできるかよ! 「い、今から続きを読もうとしていたんだ。」  言い直すと、ぱあっと黒澤の顔が明るくなった。 「はぁい、是非読んでください!!」  少し腹が立つものの、まぁいいかと思ってしまう。俺は再び文集を手にした。 「あ、川澄先輩。見られてる。」  ふいに黒澤がそう言う。俺はちらりと黒澤を見た。目の前には、周りを警戒しながら見ている黒澤の姿がある。  見られてる、だって? 俺も周りを見た。すると、俺のことを見ながらヒソヒソと話している生徒たちの姿が見えた。  それを見て、心底嫌な気持ちになる。俺を見て、何を言っているのだろう。どうせ、俺を嘲笑しているのに決まっているが。  小さなため息をはくと、ぱっと黒澤と目が合った。黒澤は真顔というわけではなかったが、いつも違ってクールな表情をしていた。 「…川澄先輩は、完璧です。だけど、一つだけ足りないところがありますよね。」  黒澤は真面目だった。あまり見たことがない様子にたじろぐ。  黒澤はゆっくり俺に近づくと、俺の両目を手で覆った。 「!」  黒澤の温かい手が俺のまぶたの上に覆い被さる。いきなり何をするんだ、と言おうとした時だった。 「先輩って、陰口を言われるのを恐れていますよね?」  突然耳打ちをされて、耳元がくすぐったくなる。俺は驚いて文集を机の上に落としてしまった。 「でも、大丈夫です。安心してください。先輩の陰口を言う人なんて、この学園にはいません。だから落ち着いて、周りの音を聞いてください。周りの人を聞いてください。」  それってつまり、俺を見て嘲笑している者たちの話を聞けということか? 「い、嫌だ。」  ポツリと呟いた。けれど黒澤は、俺の発言を素直に聞かなかった。 「先輩って、視覚だけで物事を判断するところがありますよね? たまには、聴覚も使ってあげてください。ここにいる生徒たちは害を及ばさないと、誓いましょう。さぁ、ですから。」  黒澤はそう言った。はぁ、俺を嘲笑している者の話を積極的に聞くわけないだろう。  でも、目を隠されているからなのか、自然と周りの音が耳に入ってきた。  ヒソヒソ、ヒソヒソ。その音は今まで雑音だった。だけど、どんどんはっきりと聞こえてくる。 『ほ、本物の川澄会長だ…』 『す、すごい。可愛い。美しい。俺も触ってみたい。』 『頼むから、俺ともイチャイチャしてほしいなぁ…』  今まで聞こえなかったはずの声が、耳に集まってくる。この感覚を覚えたら最後、聞きたくても聞こえてしまうようになるのだ。  気持ち悪いし、気味が悪い。だけど、俺が想像していたものより酷くはなかった。  俺の気持ちを察したのか、すっと黒澤は俺の目から手を離した。俺は沈黙したまま硬直する。  俺が落とした文集を、黒澤が丁寧に直しているのを見て我に返った。 「あっ、わ、悪い。」 「平気です、先輩♪」  黒澤はどこか楽しそうにしていた。文集をきっちり片付けると、黒澤は教室を出るように促す。俺は素直に従った。  教室から出ると、黒澤はそのまま階段の方へと歩いていく。何だろう、と思いつつも俺は慌ててついていく。  そして階段付近に来たとき、ぴたりと黒澤は立ち止まった。 「私は用事があるので、また今度。川澄先輩、良い日々を!」 「あ、あぁ。」  黒澤は子供っぽく笑うと、スタスタと階段を駆け上っていってしまった。俺はその様子をただじっと眺める。 「翔。」  ふと、名前を呼ばれる。そこには蒼真の姿があった。
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