いにしえ

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いにしえ

 南草津駅からJR琵琶湖線に乗って、山科まで行き、地下鉄に乗り換えて三条京阪まで行く。地上に昇って徒歩で鴨川に向かう。そうして集合場所になっている三条大橋近くの鴨川の河原まで向かう。その間、成宮は新しく知り合った大橋や三輪悠里を巻き込んで、話をしている。相変わらずの明るい調子でよくしゃべっている成宮を見て、裕樹は嫉妬を感じていた。どうしたら、ああいう風におしゃべりできるかが分からなかったのだ。  三条京阪駅を地上に上がると、集合場所の鴨川の河原までは徒歩で移動する。裕樹にとって、初めて行く京都の繁華街だったが、ゴールデンウィーク真っ最中であるせいか、人が多い。多くは観光客なのだろうか、外国人も多々見かけた。裕樹は逸れないようにするので、精一杯だ。  三条大橋を渡りきると鴨川の河原に到着する。すると既に学生の集団があった。30人くらいいるだろうか?よく見てみると、「京都観光サークル」の幟を持った京大生の久保の姿も見えた。 「久保さん、おはようございます」 「やあ、おはよう。これで全員揃ったんかな?」  と言うと、リストと照合して点呼をした。全員が揃ったところで、ネームプレートが配られた。名前が既に印刷されていて、どのような名前なのかが分かりやすい。それが終わると、いよいよ出発だ。三条京阪駅に戻ってから地下鉄東西線に乗り込み、太秦天神川駅まで行く。そこから通称「嵐電(らんでん)」と呼ばれる路面電車に乗り換えて、嵐山駅へ。駅には足湯もあって、観光客に人気のようだ。  改札を出ると、周りは観光客でごった返していた。ここで少人数のグループに分かれて行動する。少人数と言っても、裕樹のグループは6人いたので、顔見知りになる人数も多くなるだろう。成宮とも別れ、大橋も三輪悠里も違うグループに入っている。更に言うと、美奈とも別のグループに入った。ただ同じ班に久保がいるので、会話に困ったら話しかけられる。裕樹は少しホッとした。サークル代表の美奈が 「ここから、4時まで自由行動です。またここに集合してください。それじゃ、解散」  と宣言すると、それぞれの班がバラバラに行動を開始した。  久保をリーダーとしたグループは、まずどこを目指そうかを考えた。裕樹は京都の地理に詳しくないので、皆の意見に賛同するようにした。すると、 「渡月橋に行きたいです」  と中西という男が発言した。裕樹はすぐさま賛成し、他のメンバーからも異論はなかった。 「それじゃ、渡月橋を渡ろうか」  と久保の一声で最初の目的地は決まった。  観光客の多さに辟易しながら、自分もその一人何だと思うと、自業自得だと思えた。歩いていると、中西に話しかけられた。中西は今時の若者らしく、お洒落な格好に身を包み、眉を細く整えている。 「高田君やんな、俺中西言うねん」 「あぁ、よろしく高田です」 最初はこのような形式的な挨拶で始まった。お互いに腹の探り合いをしながら、会話をしていく。 「高田君は大学どこなん?」 「僕は〇〇大学やに、中西君はどこなん?」 「俺は△△大学やわ。ところで、自分喋り方面白いな。出身は?」 裕樹にとっては、自分の武器を披露できる絶好の機会だとほくそ笑んだ。 「三重県やに。喋り方がかわいいって言われることが多いわ。中西君はどこ出身?」 中西は頭を掻きながら、 「俺は和歌山や。と言っても、潮岬の辺りやけどな」  とぶっきらぼうに答えた。自分のことよりも他人のことを聞きたい様子であった。男2人は残り2人の1年生にも声をかけたかったのだが、いかんせん女子2人で盛り上がっていたために、なかなか声をかけ辛かった。裕樹としては時間があるし、そのうち話しかければいいかと思っていた。  そうこうしているうちに、渡月橋にたどり着いた。橋を渡る前にメンバー全員で写真を撮ることにした。もちろん渡月橋をバックにしてである。久保がカメラを構え、残りの5人が思い思いのポーズを取る。皆、ピースサインをして、写真を撮った。裕樹はその時に横に並んだ女に声をかけてみることにした。 「あの、佐野さんやったっけ。どこの大学かな?」  奥手さが災いして、たどたどしい質問になる。 「私は◻︎◻︎女子大学やで。えっと、高田君やね、どこの大学なん」 「〇〇大学やに」  と言った瞬間に、 「高田君の喋り方かわいいって言われない?」  と佐野に聞かれた。さらに続けて、 「方言女子って羨ましいなぁって思うわ。私は地元の人間やから、京都の言葉には慣れちゃって」  と言葉とは裏腹に、さして羨ましくもなさそうに言った。これが俗に言う京都人の性質なのだろうか。 「京都出身なんや。じゃあ、この辺は庭みたいなもんなんかな?」 「全然、そんなことないよ。伏見稲荷の近くやから、嵐山はほとんど行かないかな。それに世界遺産が多いとか言うけど、あまりピンと来なくて…」  この部分は本当に思っていることなのだろうと裕樹は感じた。薄化粧した佐野の顔はどこかぎこちなくて、初々しさがあった。そこにもう1人の女が声をかけてきた。 「のぞみちゃん、あの子の喋り方、超ヤバい。可愛くてキュン死にしそう」 佐野のぞみに声をかけてきたのは、比嘉葵とネームプレートに書かれた女だった。髪を明るい茶髪にして、半袖ニットにスキニーパンツを履いた、一言で言うとギャルっぽい感じであった。 「私、比嘉葵って言うの、よろしくね。あんたの喋り方、鬼ヤバいんだけど、どこから来たの?あっ、ちなみに私は沖縄ってよく言われるけど、東京だからね」 裕樹は周りに標準語で話す人がいないので、違和感を感じずにいられなかった。  6人でぺちゃくちゃ喋っていると、時間の経つのも早く、1時を回っていた。食事処はどこもまだ混んでいるが、昼食を摂ることにした。このグループのもう1人の上級生である井納早希が食事処や土産物屋を調べているようで、資料を見ながら案内してくれた。 「早希ちゃん、いつも助かるわ。俺、そこまでリサーチしてなかったよ」  久保がそこまで言うくらいだから、彼女のリサーチ力はきっと高いのだろう。一旦、嵐山駅まで戻ると、食事処までは近かった。ただし、混んでいたので、食べるまでには30分くらいかかるようである。待つ間、皆いろいろなことを話し合った。特に話題になったのは言葉のことだった。特に久保の広島弁が格好いいと言う話になり比嘉葵が、 「広島弁で男らしく告白して」  などとムチャぶりをするので、久保が照れながら告白の真似事をするという異様な展開になった。それを聞いた女性陣は惚れ惚れしてしまう有様であった。広島弁はなんて格好いいのだろうと、裕樹と中西は羨ましい思いをしていた。  昼食を済ませると、今度は嵯峨野の竹林を見に行こうということになった。そこの竹林は時代劇に登場するような場所らしい。しかも、近くに野宮神社という神社もあって、何でも「亀石」というのが有名なようである。裕樹たち一行はゆったりと歩き出した。10分くらい歩いただろうか、竹林の広がる地帯に到着した。そこはまるで、古にタイムスリップしたかのような場所で、文明の利器を不要としているように思えた。1年生はそこで映えるからと写真を撮っていた。日光を遮るほどの竹林を通っていく。観光客もいたが、喧騒ではなく、涼しささえ感じるようであった。それから野宮神社へ行った。良縁、学問の神様として知られていて、「亀石」に触れるといい出会いがあるのだと言う。皆、参拝をした後に「亀石」に触り、ご利益にあやかろうとした。  そこまですると、集合時間の4時にあと15分という時間になってきた。 「そろそろ時間じゃから、集合場所に行こうか」 との久保の声で、裕樹たちは嵐山駅に戻ることにした。途中の道は観光客で相変わらずごった返していた。裕樹は、 「皆、京都が好きなんやなぁ」 と感じずにはいられなかった。半ば呆れたような感情だった。駅に着くと、既にほぼ皆集まっていて、そのまま全員の所在を確認する為の点呼が行われた。全員いることが分かると、ここで一旦解散となった。ただし、二次会があって、カラオケやボーリングなどいくつかに別れて行動するようである。裕樹たちもこれで解散となってしまう。佐野のぞみが、 「せっかくやから、LINE交換しよう」 と提案したので、班のメンバーでLINEを交換し合った。裕樹にはこれらのLINEを今後使うことがあるだろうかと少しだけ懐疑的になっていた。それでも、「友だち」が多くなることにある種の快感を覚えないこともなかった。これからどういう行動を取るか聞いたら、中西と比嘉葵は二次会に参加し、佐野のぞみは帰宅するのだと言う。佐野は、 「門限が厳しくて、早く帰らんとあかんのよ」 と事情を説明した。自宅生の大変さを思わぬ形で知ることとなった裕樹たちは 「また遊ぼうな」 と声をかけた。
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