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カラオケとバル
京都の繁華街である四条河原町に戻ってくる頃には、人数は少し減っていて、20人くらいになった。ここでボーリング組とカラオケ組に分かれて行動することになった。裕樹はボーリングが苦手なので、カラオケ組に付いていこうと思った。
「おう、高田はどっちに行くんや?」
成宮が声をかけてきた。今日はいろいろとあったので、裕樹にはどこか懐かしく思えた。成宮にも出会いはあったに違いないが、裕樹と話している時に特に落ち着いている印象を受けた。
「俺はカラオケに行こうと思っとるけど」
「そうか、俺はボーリングや。こう見えてもベストスコアが280やからな」
成宮が鼻息を荒くして言うのを軽く受け流し、
「じゃあ、行くわ」
と言い残して、裕樹はカラオケ組に付いていった。カラオケに行くグループは女性が5人と多く、男性は3人だった。裕樹が知っている顔はというと、上級生の野村美奈、新入生の大橋と三輪悠里くらいで、後は知らない顔ばかりだ。なかなか声をかけるきっかけは掴めそうにない。そんな時に成宮の存在は危うい面もあるが、ありがたいと思えた裕樹だった。
河原町通りを北上していくとすぐのところにカラオケ屋はあった。しかし、ゴールデンウィークの夕方である。部屋は満室でしばらく待つ必要があった。30分くらい経った頃、パーティールームが空いたらしく、そこに案内された。暑かったのでエアコンを効かせて、カラオケ大会が始まった。まずは上級生からということで、野村美奈がマイクを握ることになった。彼女はあいみょんの「マリーゴールド」を歌い始めた。それを口火に皆こぞって曲を入れて、歌った。裕樹も歌には自信がなかったが、米津玄師の「LEMON 」くらいなら歌えたので、恥をかくつもりで歌った。
ふと周りを見ると、三輪悠里がポツンと1人ジュースを飲んだり、曲を選んだりしていたが、歌っていなかった。
「カラオケ嫌い?」
野村美奈が尋ねてみる。
「そんなことはないんです。ただ私は80年代の歌が好きなんで、最近の歌はあまり詳しくないんです」
三輪悠里はそう言うと、どこか疎外感のようなものを滲ませた。裕樹は、
「好きな歌を歌ったらええんちゃうかな?どうせ、みんなそこまで聞いてへんって」
と言い、ステージを見てみた。すると、大橋が星野源の「恋」を歌いながら、恋ダンスを踊っている。2人の女子も一緒になってダンスをしていた。裕樹と美奈は顔を見合わせて、三輪悠里の気持ちを察した。彼女も個性を出せずに困っているのだ。裕樹は自分の思いと重ね合わせ、彼女の側にいようと決めた。
結局、悠里は1曲も歌わないまま、カラオケを終えることになってしまった。盛り上がっている雰囲気を察してか、他のメンバーが三次会と称して居酒屋に行く中、裕樹と悠里は早々に帰ることにした。美奈も、
「ごめんね、早く気づいてあげればよかった」
と言い、後から追いついてきた。裕樹たちはカラオケ屋から歩いて、三条京阪駅まで来た。駅のホームまで下りてくると、悠里は顔を手で覆い、ひっくひっくと泣き出してしまった。
「ごめんなさい、せっかく楽しいとこやのに泣いたりして」
「いいの、こっちこそ、1人ほったらかしにして、ごめんなさい」
美奈がそう申し訳なさそうに言うと、悠里は美奈の体に顔を埋め、声を上げて泣いた。異様な様子に、周りの客がじろっと、悠里や美奈のことを見ていく。裕樹はこの状況に所在のなさを感じながら、ただ立ち尽くすしかなかった。電車を数本見送ったが、もうそれはどうでもよく思えた。
結局、1時間くらいした頃に悠里はようやく落ち着いた。3人とも最寄り駅が同じだったから、一緒に帰ることになった。電車の中で、昼から何も食べてないことを思い出して、美奈の知っているバルで食べようと言うことになった。美奈が店に電話すると客はいるけど、混雑しているほどではないという。南草津の駅に降り立ち、裕樹は自転車を取りに行き、美奈と悠里は先にバルに向かうことにした。裕樹が自転車に乗って彼女らに追いつくのは簡単だった。そこから、歩いて数分くらいのところにバルはあった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、バイトらしき店員が挨拶した。3名ですと美奈が言うと、奥に通された。店内にはビアサーバーがあり、大画面テレビがあって、サッカーの試合を映している。裕樹も悠里も空腹だったので、メニューを考えるよりも、店のことをよく知っている美奈に注文を任せることにした。
美奈が注文を頼むと、店の奥から主人と思われる男が現れた。そして、その若い男は美奈と親しげに話し、奥へと引っ込んでいった。悠里は不思議に思ったのか、
「お店の人と仲良いんですか?」
と美奈に尋ねた。
「うん、仲は良いかな。ってか、ここだけの話やけど、さっきの人は彼氏やねん」
「そうなんですね、それは仲良いって言うレベルじゃないですね」
美奈の回答に悠里は納得した様子だ。一方の裕樹は、マスターの顔をよく見ておかなかったことを後悔していた。
(あの人が花見のときに、美奈さんを迎えに来た人か)
心の中でそう呟いた。
店を出ると、夜の10時を回っていた。悠里の家がこの近くにあるので、裕樹と美奈とで送っていくことにした。アパートの玄関まで送っていくと、別れ際に、
「LINE交換したいんですけど」
と悠里に頼まれた。2人は悠里とLINEを交換してから、別れた。そこからは、裕樹と美奈とは帰る方角が逆なので、別れることになる。
「ありがとうございました。今日は楽しかったです」
「こちらこそありがとう。またサークルに遊びにきてな」
2人は挨拶を交わして、別れた。裕樹は自転車を全力で漕いで、気を紛らせていた。それでも、あの店のマスターのことを意識しない訳にはいかなかった。美奈とは何の感情もないはずなのに。
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