埋没しないように

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埋没しないように

「個性出さな埋没してしまうわ」  焦りを隠すことなく、裕樹は呟いた。  大学の2019年度入学式が行われている体育館の外には桜並木がある。ちょうど満開になったところだろうか。賑やかなキャンパス内部で、美しさを際立たせているようにも見える。体育館では大勢の新入生がパイプ椅子に座り、緊張の面持ちで並んでいる。裕樹はキョロキョロと周りを見渡してみた。高校時代の同級生は見当たらない。しかも、茶髪の子や紋付袴姿の人もいる。彼らは黒髪のスーツ姿が多い中にあって、よく目立っている。学長の話す式辞もほぼ聞かずに、裕樹はまじまじと目立つ学生の姿を見つめた。  入学式を終えて、外に出てくると、サークルの勧誘が襲いかかってきた。彼らは一様に獣の目をして、獲物を狩るかのようにサークル案内のビラを配布している。あっという間に、両手に持ちきれないほどのビラが裕樹の元に渡った。裕樹はそれらをガイダンスの入った紙袋に放り込み、なお目をキョロキョロさせている。新入生の様子を観察しているのだ。  案内によると、裕樹の入ることになっている基礎ゼミは、キャンパスの端にある小学校の校舎のような建物に集まるようになっていた。 「こんにちは、皆さん。入学おめでとう」  基礎ゼミの恐らく初老であろう先生がそう言うと、裕樹を始めとした新入生たちは 「こんにちは」  とバラバラに言った。少々長い挨拶だったので、タイミングがずれたのだろう。そして、先生が自己紹介を行った。ホワイトボードに「田村恭一」と書き、 「趣味は酒場巡りです。誰か一緒に巡ってくれる人を募集してます。おっと、未成年が多いやろうからハタチになってからやったね」  と言うと軽く笑いが起こった。田村先生はうっかりではなく、全て計算して喋っているに違いないだろう。一方、裕樹は相変わらず、辺りを見回している。  その後、新入生も自己紹介をすることになり、名前と趣味をそれぞれ言っていくというルールが決められた。先生の右隣から次々と自己紹介をしていく。徐々に裕樹の順番が近づいてくるが、皆の自己紹介は無難なものばかりで、目立とうとしている新入生は今のところいない。とうとう裕樹の順番になった。個性は出したいが、悪目立ちはしたくない。 「高田裕樹です。三重県の出身です。趣味は強いて言うなら本を読むことです。よろしくお願いします」  結局、無難にまとめてみた。自己紹介してみて、個性を発揮することの難しさを感じた。どうも自分にはこれといって目立つところがない。  そう思っていると、最後に自己紹介した男子学生が妙にウケていた。 「成宮航平です。趣味はこれと言ってないですが、大学生になったから合コンしまくりたいです」  そんなことをぶっちゃけて大丈夫かなと思いつつも、クスッと笑いが起こる。裕樹もその一人だった。 「今時にしては珍しいアグレッシブな学生やな。最近は合コンするのもめんどいっちゅう、草食系の学生が多いもんやから、つまらんくてな」  と呆れるフリをして、褒める田村先生。草食系という言い回しに、埃が被った表現だと裕樹は思ってしまった。  一通りの業務連絡が終わった後、田村先生は 「今週の金曜にキャンパスの広場で、3、4回生のゼミと合同で花見をします。時間は18時から。1人1000円集めますので、もし都合よければ来てみてください。みんなで飲んで、親睦を深めましょう」  と笑みを浮かべながら言った。どうやら、飲み会とかそういうノリが好きなのだろう。  裕樹は3日前に引っ越ししてきたアパートに帰ってきた。鍵を回して、ドアを開けても誰もいない。薄暗い部屋の中は散らかっている。実家から持ってきた荷物は、まだ全部整理できたわけではない。服など急を要しない物はまだダンボールに入ったままだ。 「片付けなきゃだけど、とりあえず疲れたから、一休みしようか」  裕樹がそう呟いても、反応する相手がいない。部屋はワンルームだが広々と感じられた。スーツを脱ぎ、ハンガーにかける。ネクタイを取って、ワイシャツのボタンを外そうとした時、鏡の中の自分と目が合った。そこに映った自分はいかにも平凡で、まるで大量生産されて、量販店で売られているシャツみたいだ。 「俺は一点物になりたいんや」  またしても一人呟いた。このままでは彼の独り言が増えそうな気がする。  忙しくバタバタとしているうちに、金曜日になった。入学式の時に満開に近かった桜は、少しずつ散り始めている。裕樹は特に何も考えずに、単に「楽しそうだから」という理由で、基礎ゼミの花見に参加しようと思っていた。自宅から通っている人は最寄りの南草津駅に17時半に集合だが、彼は駅よりキャンパスの方が近いので、現地に18時にいるように計画した。午前中は履修科目の用紙を提出すれば、あとは暇なのでサークル見学をしようと思った。そうすれば、暇が潰せるだろう。 サークルをいろいろと見ているうちに、あっという間に夕方になった。音楽系、スポーツ系、文化系、遊びみたいなサークル。でも、今のところピンとくるサークルは見当たらない。音楽も好きなアーティストのを聴くくらいだし、運動も人並み、文化系もいまいち興味が持てない。どこのサークルへ見学に行っても、 「……また考えます。ありがとうございました」  そんな感じで、事実上のお断りを入れてしまう。終いにはサークル自体に入るのを止めようかと思ってしまうくらいだ。  18時が近づいてきたので、花見の会場に向かうことにした。キャンパスの桜並木の横に芝生広場があって、そこに大きなビニールシートが敷かれていて、既に大勢の人が集まっている。 「こんばんは、お名前は?」 「高田です」  というと、上級生とおぼしき女性がリストを見つめた。「高田」の名前を見つけたのだろうか、ボールペンでチェックを入れた。 「それじゃ、今日の会費1000円を頂戴するわ」  胸元に野村美奈と書かれた名札を付けた女性が言う。裕樹は会費を渡すと、その代わりに野村美奈からサインペンと小さく切った画用紙、ネームプレートを渡された。名前を書いて、上着に付けるということのようである。周りを見渡すと、女子はカラフルにネームプレートを彩り、男子はシンプルに黒ペンで名前と学年だけ書いている。裕樹もそれに倣って 「1回生 高田裕樹」  と書いて、ネームプレートの中に入れた。  野村美奈に役割を果たしたサインペンを返す。 「どこでもええから、自由に座ってな。食べ放題、飲み放題やから、遠慮せんといてね。あと、未成年かな?」 「はい、18歳です」 「そうやんね、若く見えるわ。だから、お酒は飲まないこと。最近、厳しいから」  野村美奈がそういうと、横から成宮航平がすかさず会話に入ってきて、 「おぉ、新入生こっち来て一緒に飲もうや」  と誘った。というよりかは、成宮が強引に腕を引っ張って、裕樹を連れていった。  野村美奈は髪を明るい茶色に染めていて、着ている服もおしゃれで、裕樹たち新入生にはない大人の雰囲気を持ち合わせていた。そして、凛としていて、確固とした自分を持ち合わせているように感じられた。  後ろ髪を引かれるように、成宮に腕を引っ張っられた裕樹は、新入生と上級生が混合で集まっているところに連れてこられた。 「高田くん……だっけ、連れてきたでー」  成宮がそう言うと、その場は盛り上がった。男女が4人ずつ、合計8人いて、既に飲み物が紙コップ半分くらいまでなくなっていた。裕樹もその輪に加わった。早速、男の先輩が紙コップにビールを注ごうとするが、 「あっ、僕まだ飲めないんです」  と断る。先輩はすぐに缶を引っ込め、 「ごめん、ごめん」  と言いながら、ペットボトル入りのコーラに持ち替えた。その状況を見て、成宮はすぐに 「先輩、それってアルハラじゃないっすか?」  と冗談交じりに話した。先輩たちは口々に 「そうやねん、こいつ気がきかんからな」 「先に歳を聞けっちゅうねん、ワハハ」 「タナちゃんらしいな」  などと笑いが起こる。裕樹たち1年生もつられて苦笑いを浮かべた。タナちゃんと呼ばれた先輩もニコニコ笑っている。成宮を見ていると、裕樹はハラハラして仕方がない。 「先輩に向かって、いきなり『アルハラ』って言葉を使うって度胸あるなぁ。絶対に悪目立ちするわ」  どうしてもそんな風に思ってしまう。  18時を10分程過ぎたくらいで、田村先生がどっこいしょと言いながら立ち上がった。 「そしたら、みんな集まったところで、花見を始めましょうか。今日は新入生も来てくれてありがたい限りです。最近は飲みニケーションという言葉が死語に近くなっていますが、私は不要だとは思いません。もちろん、一気飲みとか飲酒の強要はもっての外ですが、お酒がコミュニケーションを促進させる効果があるということは否定のしようがありません。ですから…」 そこまで話をすると、 「先生、話長いわ。悪い癖やで」 「早く食べさせてくださいよー」  などと3、4年のゼミ生が笑い混じりで野次を飛ばす。  成宮はというと、先生の話そっちのけで野村美奈と話をしている。 「そしたら、乾杯しようか。やっぱ夜なったら寒いな」  と田村先生が言うと、ゼミ生から笑いが起こった。そして、 「乾杯!」  の一言で皆、「乾杯」と言い、宴が始まった。
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