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歪んでも恋 1
キャラクター紹介
イラストbymanao
1
宗次郎side
朝からポツリポツリと降り始めた雨はいつしか大雨に変わり、黒く立ち込めた雲を纏った空は昼間なのに暗かった。
席替えをしたばかりの俺の席は校舎の窓際。そこから空を見上げると、じっとりと梅雨らしい生温い風が少し開いた窓から吹き込んできた。その後に視線を教室の前方に移す。
黒い艶がある髪を、さっきの休み時間に女子達に編み込みにされた寺崎青葉の後ろ姿がある。
俺はその髪を眺めながら眼鏡を指の関節で押し上げた。
耳にザァーっと雨音が触れる。
それから目を伏せて、自分の綺麗に纏められたノートに視線を落とした。
コンコンと細いシャーペンの芯でノートをつつく。
雨音は強まったり弱まったりして、それは憂鬱な子守唄のようにこめかみを締め付けた。
完全なネイティブの発音で英語を教える教師、白川冬空先生が教科書を手に机と机の間を歩き出す。
俺は眼球だけをキョロキョロ動かして、俯いたままの状態で彼の動きを追った。
ちょうど俺の真逆である廊下側の席には友人である斉藤秋空が座っている。そこを通りがかった白川先生は、机の上の秋の手にソッと触れて歩き去る。
ほんの一瞬。
他の誰もが気付かない短い時間だ。
シャーペンを持つ手に力が入り、よそ見させていた視線を自分のノートに戻した。
白川先生と秋はつまりそういう仲だ。
最近まで秋は随分悩んでいたんだけど、どうやら決着がついたらしい。
悩んでいた理由ってのは秋の幼馴染みである青葉が関係していた。
白川先生と秋と青葉は三角関係で、秋を巡って揉めていたからだ。
俺は中学から秋も青葉も知っていて、それなりに仲が良かったせいか、秋の悩みを何度か聞かされていた。
そして、口にこそ出さないけれど、青葉の気持ちも中学の頃から俺は薄々と気付いていた。
高校二年の初めにやって来た白川先生はあっという間に二人の間に割り込み、秋の心を持って行ってしまった。
つまり青葉は…最近、大失恋をした事になる。
それで二人の関係性が変わるのだろうかと思ったけど、秋と青葉の関係は目に見えて激しくは変わらなかった。
青葉はまだ、秋が好きだからに違いない。
俺はシャーペンのシンをまたコンコンとノートに当てて溜息をついた。
衣替えが終わってブレザーがなくなり、シャツ一枚になった体は身軽になった筈なのに、連日降り続く梅雨空に心が重く、気だるかった。
チャイムが鳴って休み時間に入る。
黒板に限りなく近い青葉の席に女子が群がり始めた。
俺はノートを閉じて教科書と束ね、机の上でトントンと角を整えた。
ただでさえ薄暗い視界に影がかかる。
ゆっくり顔を上げると、そこには青葉が立っていた。
俺は青葉の机の方を覗いて呟く。
「青葉…女子が俺を睨んでる。何?」
「あぁ…ほっときゃいいって。もう髪いじられるのヤなんだよ。それより博士、さっきのノート写させて」
「さっきのって…英語?」
「あぁ」
「ノートとってなかったの?」
「あぁ」
俺は苦笑いする。おおよその理由は分かる。白川先生に自分の授業を真面目に聞いてると思われたくなくて、きっと寝たフリでもしていたんだろう。
「はい。結構量あるよ」
「サンキュ」
青葉はノートを開き、持っていた自分のノートを横に置いて俺の前の席の椅子に後前で座ると、黙々と写し始めた。
俺は頬杖をついて青葉に話しかける。
「最近は?」
「ん?」
「秋ちゃんと…大丈夫?」
問いかけた内容に打ちのめされたようにノートにペタンと頬を付けて、目を閉じた青葉。
長い睫毛が髪同様に艶々と黒光りして触りたくなってしまう。
「大丈夫…大丈夫だよ。秋空を守るのが俺なのは変わらない。親友だし…幼馴染みだからな」
それはまるで自分に言い聞かせているようで心苦しかった。
何故って俺、築城宗次郎(ツイキソウジロウ)は…
寺崎青葉が
好きだからだ。
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