声、咲き誇る場所へ

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 毎年この時期になると、ランとの散歩道は一斉に桜色に染まる。高校生活初めての休日は、うららかな春の風情に包まれていた。  暖かな風が吹く川べりの桜並木で、愛犬のコーギーであるランは、尻尾を振りながら村井文歌を見上げている。  歩くうち、ランの茶色い身体に愛らしい花びらが積もる。カジュアルな装いと、ポニーテールにまとめた文歌の髪にも桜が舞い降る。  花曇りの薄い光のなか、前方の桜の下に一人の少女が佇んでいた。 「……一ノ瀬さん?」  見間違えるはずもない。中学の3年間、一緒のクラスだったのだ。  そんなに仲が良かったわけでない。一緒に遊んだ記憶もない。友達と呼ぶのはためらわれる距離感が、文歌の歩みを鈍らせた。  なのに、こちらに気付いた一ノ瀬さんは軽く手を上げる。  卒業式で別れの言葉すらないままの彼女が、笑顔を咲かせる理由を、今なら聞ける気がした。
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